<いのちの響き>ある知的障害者の更生(下) 自立こそ一番の恩返し - 東京新聞(2017年4月21日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201704/CK2017042102000189.html
http://megalodon.jp/2017-0421-1116-55/www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201704/CK2017042102000189.html

前科があるのを分かって、見ず知らずの自分を受け入れてくれる場所がある−。昏睡(こんすい)強盗の罪で三年八カ月の刑期を終えた知的障害がある男性(33)は、二〇一四年五月、愛知県西尾張地方の障害者就労支援施設に向かった。「罪を償って出てきたんだから、過去にはこだわらん」というのが、施設の男性代表(67)の考えだった。
施設は、障害者総合支援法が定める「B型事業所」に区分される。企業への就職や、雇用契約を結ぶ「A型事業所」での就業訓練が難しい障害者に、内職などを提供する。代表は、男性にまず、住まいを世話し、生活保護の受給申請をして、作業所で衣類用防虫剤の袋詰めなどの内職を教えた。
ただ、代表の目に男性の勤務態度は必ずしも真面目には映らなかった。事業所でもらう工賃は月一万円ほど。「生活保護障害年金を足しても、自由に暮らせない」と不満をぶつけた。気持ちがうまく伝わらないと、一方的にまくしたてる傾向もある。
しかし、地域のイベントや縁日などの出店では、表情が見違えた。内気で人と接するのが苦手な利用者が多い中、自ら進んで客に声を掛けた。「接客が向いてるのかもしれん」。そう考えた代表は一年前、新しい仕事を任せた。施設の近くでオープンさせたばかりの喫茶店の接客係だった。
注文取りから、配膳、皿洗いと、どれをやらせてもそつがなかった。計算が苦手なため、大人数の会計では、障害がない施設のスタッフらに手伝ってもらわないといけない。それでも、自分のもてなしが店の売り上げに直結しているという実感が、男性を生き生きとさせた。
代表は暇を見つけては飲食店やレストランに男性を連れて行き、店員の接客を見て学ばせている。「いろんな客と接していけば、誰に対しても落ち着いて話せるようになるんじゃないか」。いずれ就職面接などを受ける際、困らないようにとの気遣いだった。
「一日でも早く自立させたい」という代表の願いは、日増しに強くなっている。昨年末、脳梗塞で倒れて二週間ほど入院した。そう遠くないうちに自分が活動を続けるのは難しくなると悟った一方、自分がいなくなって施設が立ちゆかなくなれば、男性たちが行き場を失わないかとの不安がよぎる。
代表が倒れる少し前、男性には一般就労のチャンスが訪れていた。スーパーで生鮮食品を管理する求人を紹介され、面接に臨んだ。スーパーは前向きに採用を考えてくれた。でも、「長続きするか分からない」と自信が持てず、最終的に辞退した。
それでも、代表は「もうちょっとだ」と励ましてくれる。施設に来たころは、嫌気が差すと夜中に行方をくらますことがあったが、接客で自信をつけた今は逃げ出さなくなった。
次のステップに進めない焦りを覚えつつも、次のチャンスこそ、逃げずにつかみたいと思っている。言葉で代表にうまく感謝の気持ちを伝える自信はないけれど、「それが恩返し」と分かっているから。 (添田隆典)