陛下のお気持ち 前向きに受け止めたい - 毎日新聞(2016年8月9日)

http://mainichi.jp/articles/20160809/org/00m/010/004000c
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天皇陛下は、ご自身の加齢と象徴天皇としての役割について、国民向けのお気持ちをビデオメッセージを通じて表明された。
戦後の憲法に定められた象徴天皇としての「望ましいあり方」を模索し続けてきたが、2度にわたる病気の手術と82歳の高齢に伴い、「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」という不安を率直に話された。
そのうえで、天皇の公務を大幅に削減することは「無理があろう」と述べ、「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」への願いを語った。
陛下が抱く「生前退位」の意向を強くにじませる内容だった。

「象徴」への強い思い
全体から伝わってくるのは、陛下が形式的な国事行為にとどまらず、ご自身の意思で国民の中に分け入ってきた行為こそが、象徴天皇の核心であるという自己認識である。
陛下が続けてきた戦没者の慰霊と追悼の旅や、震災の被災地などへの訪問を指している。
戦後60年の2005年にサイパン島、同70年の昨年はパラオ、今年はフィリピンを訪問した。11年に起きた東日本大震災直後にはビデオメッセージで国民を励ました。
こうした地道な活動に国民は感銘し、象徴天皇は陛下と国民の共同作業によって定着したといえる。
陛下の思いは、将来の皇室のあり方にも及んだ。
陛下は昭和天皇の逝去に伴い55歳で即位したが、いまの皇太子さまはすでに56歳である。高齢化社会のなかで安定的な皇位継承を考えるのは時代の要請でもあろう。
公務を憂いなくこなしてこその象徴なのに、それが思うようにいかない。そうした苦しみを、陛下は口にされた。そのお言葉を前向きに受け止め、お気持ちを尊重したい。
憲法4条は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」と定めている。天皇の政治的な行為を禁止した規定である。
天皇生前退位ではなく、摂政を置けばいいという考え方がある。天皇が幼少か、病気や事故で重篤な状態の場合に緊急避難的に国事行為を代行する制度を拡張し、高齢の場合も置けるようにする案だ。
しかし、陛下は「務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続ける」と問題を指摘した。摂政制度では抜本的な対策にはならないとの思いがこもっていた。
憲法1条は天皇の地位を「主権の存する日本国民の総意に基づく」と定める。国民が陛下のお言葉を主体的に受け止め、判断できるのなら、憲法問題は乗り越えられよう。
もちろん、退位を実現するには技術的な課題も多い。皇室典範4条は「天皇が崩じたときは、皇嗣(継承順位1位の皇族)が、直ちに即位する」としている。
天皇の地位は「終身制」を前提にしており、退位の規定はなく、皇室典範を改正する必要がある。
歴代天皇の半数近くは生前退位による継承だ。大半は高齢や病気が理由だった。明治以降、退位が廃止されたのは、多くの問題や弊害が指摘されていたからだ。
例えば、政治的な圧力で退位を迫られたり、自由な意思で退位できたりすると、安定した皇位継承を揺るがしかねない。こうした要素を排除する前提や条件が求められる。

技術的な課題の克服を
天皇が退位した場合の名称や役割をどうするかも課題だ。かつて退位した天皇上皇となり、権力を保持したまま「院政」を敷いた例もあったが、権力を持たない象徴天皇制のもとでは考えにくい。
陛下が退位し、皇太子さまに譲位すれば、継承順位1位は弟の秋篠宮さまになるが、天皇の息子を指す皇太子は不在になってしまう。
これでは皇位を世代間で引き継ぐ流れが途切れる不安が残る。皇室の将来を考えれば、女性天皇などを含めた皇位継承の議論にもなろう。それは決して不自然ではない。
仮に天皇が退位して皇位が継承されると、元号も変わる。元号法には「皇位の継承があった場合に限り改める」とあるが、具体的な制定手続きは政令で定めるとあり、詳細は決まっていない。このほか、皇室財政では新たな支出や変更もあるなど、関連する作業は膨大だ。
広範な議論に及ぶ皇室典範の改正を見送り、陛下の例だけを想定して生前退位を認める特別立法を制定する案もある。政府内や国民の世論を踏まえながら、今後の対応は決まってくるだろう。
オランダやベルギーなどでは世代交代を理由に国王の退位が相次いでいる。こうした他国の例を参考に、日本にふさわしい仕組みをつくれるか。多角的で丁寧な議論が必要だ。
安倍晋三首相はお言葉を受け、陛下の公務のあり方などについて「私としては、どのようなことができるのか、しっかり考えていかなければいけない」と語った。
お気持ちは陛下の切実なメッセージである。各種世論調査では多くが陛下の意向に共感を示している。国民全体で議論を深めたい。