<天皇陛下お気持ち>生前退位の検討は初 制度の安定性課題 - 毎日新聞(2016年8月8日)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160808-00000145-mai-pol
http://megalodon.jp/2016-0809-0909-06/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160808-00000145-mai-pol

皇室典範改正には時間 特別立法で対応する案も
政府は過去に女性・女系天皇容認や女性宮家創設などの皇室典範改正を検討したが、生前退位の検討は初めてとなる。天皇制のあり方も関わるより大きなテーマで、課題が山積する。事前に蓄積のあった過去の検討でも改正案とりまとめにあたっては有識者の議論を1年近く行っており、道のりは容易ではない。一方で、天皇陛下のお言葉を受けて早急な取り組みを求める世論が高まる可能性もあり、今回に限る特別立法で対応する案も出ている。
官邸関係者は「退位を認めれば、皇室典範の全面改定を意味する。研究が必要で、半年や1年で決着できる問題ではない」と指摘する。
退位だけなら、「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する」と定める典範4条を改正すれば可能となる。ただしどのような場合に退位を認めるかが、大きな論点になる。退位が天皇個人の意思に左右されれば、制度として不安定になり、戦後に憲法で定められた「国民統合の象徴」の役割も果たせなくなる懸念がある。議論は憲法上の位置付けも含めた天皇制のあり方にまで広がる可能性がある。
また、法技術的な課題も多い。退位した歴史上の天皇は「上皇」「法皇」などの称号があったが、現在の典範には規定がない。退位後も現在の陛下が皇族としての公務を続けた場合、新たに即位する皇太子さまと象徴としての存在や役割が重なる懸念が生じる。退位した天皇の地位や役割を整理しなければならない。さらに退位後の住まいや世話をする部署も必要となる。
このため、政府・自民党には、天皇の公務削減で対応する案や、天皇の国事行為を代行する「摂政」を置き現行制度の範囲内で対応すべきだとの意見があった。しかし、陛下がお気持ちで公務削減や摂政に否定的な考えを示されたため、退位の検討が進むとみられる。官邸では今年に入り、事務方トップの杉田和博官房副長官の下に極秘チームを作り、水面下で退位についての検討を進めてきた。ただ、官邸関係者の一人は「自分には寝耳に水」と話し、準備は進んでいないと明かす。
小泉政権が2005年11月、女性・女系天皇を容認する有識者会議の報告書をまとめた際は、議論の蓄積があった。水面下で内閣や宮内庁のOBらが1997年から極秘検討会を続けており、この議論をもとに有識者会議を進めた。それでも有識者会議を11カ月間で計17回開いて幅広い議論を進め、皇室問題に詳しい専門家8人を呼んでヒアリングも行った。ただし本格的な典範改正を検討した小泉政権でも、「退位の問題は検討したこともなかった」(当時の官邸関係者)という。
その後、野田政権が検討した女性皇族が結婚後も皇室に残る女性宮家は、内閣が有識者からヒアリングする形で9カ月間議論し、12年10月に論点整理をまとめた。女性宮家の考え方は小泉政権の報告書に盛り込まれていたが、国民的な理解を得るために丁寧に議論した。ただし小泉政権秋篠宮紀子さまのご懐妊、野田政権は衆院選敗北により、いずれも改正案提出には至らなかった。
今回も同様の手続きを踏んだうえで、改正案の策定作業、国会審議も加われば、さらに時間がかかる可能性がある。このため、永続的な制度改正となる典範改正ではなく、今回限りの特例として特別立法による必要最小限の法的措置にとどめるべきだとの声も出ている。【野口武則】
◇「改憲日程」に波及も
安倍政権が生前退位をめぐる法整備に取り組む場合、「重いテーマ」であるだけに政権の描く今後の政治日程の組み立てにさまざまに影響する可能性がある。安倍晋三首相は、どのような段取りで進めるか慎重に見極める考えだ。
首相の自民党総裁任期は2018年9月までの残り約2年。また衆院任期は18年12月までのため、自らの手による衆院解散・総選挙を選択肢に入れながらの政権運営となる。また、政権が改憲議論を進めようと想定している2年間とも重なる。しかし、生前退位の議論が始まれば、優先順位の高い政治課題として長期にわたって政権の政治的なエネルギーがとられ、足かせとなる可能性がある。
7月の参院選後、首相は取り組むべきテーマに憲法改正を見据えている。衆参両院で改憲発議に必要な3分の2を自民、公明、おおさか維新の会などの改憲勢力で確保し、今後は野党第1党の民進党も引き込みながら、衆参の憲法審査会で具体的な改憲条項の絞り込みの議論を進める方針だ。
ただし、首相はまずは国会での合意形成を優先し、議論を進めるにあたっては、慎重な取り運びに徹する構えだ。それだけに、陛下のお気持ちを受け、憲法で定める天皇制のあり方が憲法審査会などで議題に上れば、「本命」の改憲テーマの議論が進まず、政権が想定する改憲議論のペースにずれが生じる可能性もある。