参院選へ 安倍首相の手法 民主政治を問い直す時 - 毎日新聞(2016年6月11日)

http://mainichi.jp/articles/20160611/ddm/005/070/012000c
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参院選の公示が22日に迫り、7月10日の投開票日に向けた与野党の戦いが始まっている。
安倍晋三首相が政権トップに返り咲いて3年半。「安倍首相1強」と呼ばれる状況の下、選挙で勝てば、すべての政策が白紙委任されたとばかりに合意形成の努力を怠り、数の力で押し切る政治の姿を私たちはしばしば見てきた。
そうした「1強」体制が今後も続くのかどうか。参院選はこの3年半を有権者がどう評価するかが焦点となる。ひいては民主政治のあり方そのものを問う選挙である。

選挙は「隠れみの」か
消費増税を再延期する方針について、安倍首相は今月1日の記者会見で「参院選で国民の信を問う」と語り、「アベノミクスを加速するか、それとも後戻りするか。これが最大の争点だ」と力説した。
「信を問う」は通常、政権交代に直接つながる衆院選で使う言葉だ。2014年11月、最初に増税を延期した際、首相は「信を問う」と衆院を解散している。今回は参院選だが、同様に進退をかける覚悟を示したかったのかもしれない。
だが忘れてならないのは「経済政策を前面に打ち出して信を問う」のは、これまでも繰り返されてきた首相のパターンだということだ。
首相は13年の前回参院選では政権の経済政策である「三本の矢」の成果を強調し、一昨年末の衆院選では「景気回復、この道しかない」とアピールした。選挙はともに自民党が大勝した。ところが選挙の後はどうだったか。
前回の参院選直後の臨時国会で安倍政権が成立を急いだのは、国の安全保障にかかわる情報だけでなく、政権に都合の悪い情報も秘密にして言論の自由を制限しかねない特定秘密保護法だった。そして昨年、憲法を軽視して安全保障関連法の成立に突き進んだのは記憶に新しい。いずれも直前の選挙ではあまり語られなかったテーマだ。
特に安保法制では、首相の考えに近い外務官僚を内閣法制局長官に起用する異例の人事を行ったうえで、14年7月、歴代政権が認めてこなかった集団的自衛権の行使を一部認める憲法解釈の変更を閣議決定した。選挙の争点になるのを意識的に避けながら安保政策を大転換させる布石を打ってきたといっていい。
本来はこうした国論を二分するようなテーマこそ選挙できちんと説明すべきだろう。「経済」は首相の持論を推し進めるための隠れみのになってきたように思える。

今回はどうだろう。
首相の最大目標が憲法改正であるのは間違いない。ところが首相は憲法のどこを変えたいのか具体的には語らず、自民党改憲を選挙の争点にすることには消極的だ。
しかし、今回の選挙で自民、公明の与党と憲法改正に前向きな、おおさか維新の会などを合わせ、改憲発議に必要な3分の2以上の勢力を参院でも確保すれば、首相は従来のパターン通り憲法改正の動きを加速させるはずだ。私たちはそれを認識しておく必要がある。

異論排除せず議論を
アベノミクスは順調だが、世界経済が危機に直面するかもしれないから増税は再延期する。これまでの約束とは異なる新しい判断だ−−という先の会見での首相の説明が説得力を欠いていたのは指摘した通りだ。
自らの非を認めようとしないのも首相のスタイルなのだろう。それはとかく異論を排除しがちな首相の姿勢と共通しているようにみえる。
日本側も譲歩した慰安婦問題に関する昨年末の日韓合意をはじめ、時に首相は現実的な面も見せてきた。強い政権だからこそ譲歩ができたともいえる。
だが国会で野党議員に対し「早く質問しろよ」と自らやじを飛ばすなど、首相が議論を軽んじてきたのは確かだ。自民党内でもかつてのような多様な議論はなくなった。
敵か味方か。単純に決めつける姿勢も目立つ。首相に批判的なテレビ局に対し、従来にはなかった介入まがいの言動が見られるようになったのも安倍政権になってからだ。
参院選では初めて18、19歳が有権者になる。これに伴い、文部科学、総務両省が作成した副教材が全高校生に配布されている。
副教材は、民主政治とは話し合いの政治であり、最終的には多数決で合意を形成するのが一般的だ、と記したうえで、こう続けている。
「ただし、多数決が有効に生かされるためには、多様な意見が出し尽くされ(略)、少数意見が正しいものであれば、できるだけ吸収するというものでなければなりません。納得することで実効性も高まります」
まさにそれが民主政治の基本だろう。無論、野党も「反対だ」と声高に叫んでいるだけでは有権者の支持は得られない。より具体的な議論を戦わせる参院選にしたい。

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憲法、安全保障、社会保障原発政策……。多様な議論のため、選挙の争点をシリーズで考えていく。