成人の日に考える 意志ある風になれる人 - 東京新聞(2016年1月11日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016011102000132.html
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ふと耳にしたその歌が、頭の中で鳴り響いてやみません。大人とは誰なのか。成人とは、はたまた主権者とは。難しい宿題のヒントが隠れているようで。
さとう宗幸さんの新曲「だれかの風であれ」は、幼なじみの“はるちゃん”を歌っています。
はるちゃんこと、千葉晴信さん(66)。東アフリカのエリトリアでは、独立運動の精神的支柱とされるヒーローです。
今から三十八年前、エチオピアからの独立紛争真っただ中、はるちゃんは、日本人ジャーナリストの助手として、エリトリア人民解放戦線(EPLF)の解放区に分け入った。
◆はるちゃんは風だった
はるちゃんは空手家です。いつ、どこから銃弾が飛んでくるとも知れない異郷の深い森の中、毎日泰然とけいこに励むはるちゃんに“サムライ”を見たのでしょうか。いつの間にか、若い兵士がその周りに集まってきて、教えを請うようになっていた。
それから十数年、独立を勝ち取ったその国に、はるちゃんの姿はありませんでした。
新国家の要職に就いたかつての“弟子”たちは大使館まで動かして、ジンバブエで道場主になっていた、はるちゃんを捜しだし、四年前の独立二十年式典に国賓として招待したのです。
はるちゃんはこの春帰国して、今、長野県にいます。
ジンバブエで受けた椎間板ヘルニアの手術が失敗し、下半身が完全にまひしてしまい、リハビリを続けています。
昨年暮れ、さとうさんのもとに届いたメールには「自分の力で十歩歩いた」とありました。医師は奇跡と呼んでいます。
はるちゃんのこの強い意志の力こそ、国をも動かす“風”だったのか。
そんな、はるちゃんの足跡を、さとうさんは歌にしました。
♪どうか考えてほしいのです/わたしは何をなすべきかと…というサビの部分。
♪意志ある風になれ/すがたなき風であれ/だれかの風であれ…というリフレイン(繰り返し)。
耳に残って離れません。
愛知県大府市至学館大学では「人間・社会と法」という四年生を対象にした一般教養の後期講座の中で、谷岡郁子学長による「主権者教育」を展開しています。
多くの学生が就職を決めたあとにもかかわらず、大教室が満員になるから不思議です。
◆私、市長になりたいの
谷岡さんは二〇〇七年から一期、参議院議員を経験した。
「主権者を育てなければ、この国は変われない」
六年間の議員経験が教育者である谷岡さんに課した宿題です。
〇八年の米大統領予備選。谷岡さんは、テキサス州ヒューストンのバラク・オバマ候補の陣営でボランティアを体験した。
そこに少女が一人いて、自分のケータイで「明日必ず投票してね」と有権者に呼びかけていた。
谷岡さんは「あなた、いくつ?」と聞いてみた。「十一歳」。米国でももちろん、選挙権はありません。
「誰と来たの?」「お父さん」。「お父さんのお手伝い?」「私の意志よ」。
そしてさらに「なんで?」と問うと、彼女は少しムッとしながらも、理由を話してくれました。
「私、将来、市長になりたいの。だからロースクールを出ておきたい。でもうちは貧乏なので奨学金がたくさんいるの。私の役に立ちそうなのは、候補者の中ではオバマなの−」
選挙権はなくても主権者です。日本とはあまりに違う主権者像に、谷岡さんは打ちのめされた。
国際人権規約では、批准国に高等教育の漸次無償化を求めています。なのに日本は…」
講義でこんな話をすると、学生から「もう、一票を絶対無駄にできない」と、率直な反応が返ってきます。知ることが、当事者意識の源です。
◆成人とは、大人とは
選挙年齢が十八歳以上に引き下げられるのをきっかけに、谷岡さんは、主権者教育の拡充を図っています。
付属幼稚園の保護者などにも講座を公開し、実際の選挙に合わせて、学生主催の模擬投票や、候補者による学内討論会を開きます。
十八歳でもはたちでも、たとえ十一歳だとしても、主権者とは政治の主張に自分自身の未来を投影できる人、つまり当事者意識を持てる人。
成人とは、大人とは、“私は何をなすべきか”、考え、知って、それをかたちにするために、一票を行使できる人、“意志ある風”になれる人−。
はるちゃんの歌が、ぴたりと重なります。