テロと市民社会 憎しみで応えぬために - 毎日新聞(2015年11月25日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20151125k0000m070134000c.html
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パリの市民生活を無差別に襲った同時多発テロ事件から10日あまりたった。フランスの非常事態宣言は来年2月まで延長され、市民の組織的な集会は規制されたままだ。テロ実行犯が拠点にしていた隣国ベルギーでも首都圏の地下鉄が閉鎖されるなど厳戒態勢が続いている。
それでもテロの現場となったパリ中心部のカフェや共和国広場には、犠牲者を悼む花束が絶えない。過激派のテロに抗議するイスラム教徒たちも追悼に訪れている。
テロの恐怖を克服し、市民社会の日常を取り戻そうとしている人々の努力は心強い。テロで妻を亡くしたフランス人ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさん(34)もその一人だ。彼がテロ実行犯に呼びかける形でつづったフェイスブックへの投稿が世界に共感の輪を広げている。
「私は君たちに憎しみの贈り物をあげない。君たちはそれを望んだのだろうが、怒りで憎しみに応えるのは、君たちと同じ無知に屈することになる」
報復ではなく、残された1歳半の息子との日常を取り戻すことこそがテロに屈しないことだという決意をつづったメッセージは22万回以上共有され、各国から励ましのメッセージが寄せられているという。
フランスはじめ欧州各地でイスラム教徒に対する嫌がらせが増え、中東からの難民を閉め出そうとする動きも強まっている。そうした動きに反対し、冷静さを呼びかける声も広がっている。テロは憎むべき犯罪だが、それとどう向き合うべきかを市民社会も試されている。
フランスは過激派組織「イスラム国」(IS)への空爆作戦を強化した。オランド仏大統領は米露首脳との会談でISに対抗する「大連合」の形成を目指している。軍事作戦で協調し、ISに打撃を与えることも必要だろう。しかし、それだけでテロを防ぐことはできない。
フランス革命で勝ち取った厳格な政教分離という価値観が、イスラム教の価値観と摩擦を生んでいる。フランスへ旧植民地から渡った移民の2世にあたる若者たちは、就職難や貧困に不満を募らせている。こうした問題が解決されなければ、テロを生む土壌はなくならない。
しかし、何より大事なのは、憎しみの連鎖を断ち切る努力である。怒りにまかせて報復するのはたやすいが、人々に恐怖心と憎しみを植え付ける。「敵と味方」に分断して争わせることこそテロリストの狙いだ。
非常時の中でいかに冷静さを保ち憎しみを乗り越えるべきなのか。市民社会をテロの脅威から守るためにフランスの人たちと連帯してできることを考えたい。