週のはじめに考える テロをつくったのは? - 東京新聞(2017年7月2日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017070202000152.html
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組織は壊滅しても拡散した思想は消せない。亡国の淵にあるイスラム国(IS)です。鬼っ子を生んだのはイスラム社会か、それとも欧米だったのか。
六月のパリは観光のベストシーズンですが、日本人の姿はほとんど見かけませんでした。
大規模なテロが一昨年一月と十一月に起きた影響でしょう、パリに毎年六十万〜七十万人宿泊してきた日本人観光客は昨年二十八万人に激減。今年はさらに下回りそうです。パリ好きで知られる日本人ですが、これほどの減り方は世界の中で突出しています。
◆恐れるだけは思うつぼ
危険な場所への旅行を避けるのは賢明かもしれません。ただテロリストの思うつぼでもある。
思い出すのは、パリのテロで妻を失ったアントワーヌ・レリス記者が犯人にあてた手記です。
「君たちは、私が恐怖し、周囲の人を疑いのまなざしで見つめ、安全のために自由を犠牲にすることを望んだ。だが、君たちの負けだ。私はまだ、私のままだ」
残された一歳五カ月の息子と日常を取り戻す決意を宣言したのです。テロは、恐れるだけではかえって事態を悪化させるのです。
レリス氏はこうも記しました。「『憎しみ』という贈り物をあげたりはしない」−。テロに対して憎悪や暴力で応酬するのも犯人に屈したことになるからです。
ISの狙いはこうでした。相手国の社会や国民を分断し、弱さをさらけ出させる。そうすれば、一般の穏健なイスラム教徒からも自分たちへの支持が集まり、真のイスラム国家ができる−誠に身勝手で倒錯した論理です。
欧米社会だけでなくムスリム大衆からも非難され、ISの野望は幻想でしかないでしょう。ただ、それで「終わり」にしていいはずはない。
◆欧米側に原因が内在
直視すべきは、ISという怪物がなぜこれほどまでに伸長したのか、若者が同調して戦闘員になったのかという事実です。
「ジハード(聖戦)に命をささげれば尊い殉教者になれる」という思想に身を投げたわけですが、裏返せば、彼らに生きる意味や価値を与えられなかった社会にこそ問題があるのではないか。
十五年ほど時計の針を戻しましょう。テロリストを根絶すれば中東の民主化が実現できるなどという米国のネオコン思想が暴走し、理不尽なイラク戦争は泥沼化。アルカイダから派生したISの誕生を招いてしまった。
今から六、七年前に起きた「アラブの春」も、独裁政権を倒して民主主義を植え付けようと米国が黒子に徹して進めたが、さらに恐ろしい事態を生みました。エジプトやリビアなどで独裁政は閉じた一方、シリア、イエメンなどが無法地帯となり、大量の難民は今なおあふれ出しているのです。
当時はまだ「世界の警察官」を自任していた米国が良かれと取った行動は、思慮が浅すぎたとまでは断定できませんが、結果的に過激派を増殖させ、中東を世界を一段と不安定化させたのです。
米国ばかりの非難は適切でもありません。欧州、中でもテロが頻発したフランスには、やはり原因が内在します。
フランスの中東研究の権威で、自らもチェコ移民家庭に生まれたジル・ケペル氏は、イスラム系移民の子孫をうまく受容できない仏社会に原因を求めます。パリのテロ後に刊行した『フランスにおけるテロ、フランス人ジハーディストの起源』に記す。
フランスは大戦後の経済成長期に、旧植民地のアルジェリアなどから大量の移民を受け入れた。安価な労働力です。
だが移民二世の世代になると、経済は減速し移民向け予算は削られ、貧困や「アイデンティティー(自己の)喪失」という難問が出てきます。自由で平等な同じ市民のはずが厳しい政教分離原則でイスラムの振る舞いを制限される。
「自分はいったい何者か」
そんな疑問と仕事につけない不満からイスラム過激派思想に取り込まれる若者が相次ぐ−。
スカーフやブルキニイスラム水着)の禁止も、IS掃討のための空爆参加も、それがフランスの原則からは正しいとしても、アラブ社会の反発を買うならISにつけ込む隙を与えてしまうのです。
◆たゆまぬ包摂の努力を
フランスは国民の10%近くをイスラム系移民が占めるが、ケペル氏によると、中東・イスラム社会の専門研究が足りない。当然、国民の相互理解も不十分になります。
政教分離原則は譲ることのできない国是だとしても、必要なのはその理念を一方的に押し付けるのでなく、苦悩や痛みを包摂する寛容さではないでしょうか。ただの優しさではなく、理性への信頼なのです。