欧州へ渡る難民 ドイツが学んだ寛容 - 東京新聞(2015年9月24日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015092402000137.html
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欧州に中東などからの難民が殺到している。受け入れの負担は大きいが、人道的配慮を最優先に、人材を生かした統合社会を築きたい。
ミュンヘンなどドイツ各地の駅に続々到着した家族連れの難民らは、拍手や「ようこそ」などと記したプラカードを手にした市民に歓迎された。
過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭などで治安が悪化したシリアなど中東や、アフリカの国々から逃れてきた人たちだ。国際移住機関によると、今年、四十七万人超が欧州に渡ったという。
メルケル首相の決断
欧州連合(EU)の規則では難民申請希望者は最初に入国した国で手続きを行うことになっているが、豊かなドイツなどを目指して北上、途上での事故や非人道的な扱いも問題になっている。
「放置できない」との世論がわき起こったのは、欧州に渡航途中に難破し、トルコの海岸に漂着したシリア人男児(3つ)の写真が報じられてからだ。
ドイツのメルケル首相が政治を動かした。ハンガリーに足止めされていた難民らの受け入れを表明し、十五万人分の収容施設確保や自治体支援など難民対策費として六十億ユーロ(約八千億円)を支出する考えを明らかにした。人道を最優先した決断を評価したい。
ドイツでの難民申請者は年内に百万人に上るともみられる。各自治体は簡易宿泊所整備などに追われるが、限界を訴える悲鳴も上がる。福祉へのしわ寄せを懸念する声も相次ぐ。反感も根強く、難民施設への襲撃や放火は今年、三百三十件余りに上る。
ベルリンの地元紙記者は、子どもが幼い子を背負い「海を渡る」と言って“難民ごっこ”をしていた例を挙げ、難民らの痛みが社会に理解されていないと指摘した。
◆人材生かし統合社会を
独誌シュピーゲルは、子どもまつりの参加者らが笑顔を見せる写真の「明るいドイツ」と、放火で炎上する難民施設の写真の「暗黒のドイツ」−の二種類の表紙を掲げ、選択を迫った。市民が難民らを歓迎したのは、新しい統合社会づくりを目指す「明るいドイツ」を選択した証しととらえたい。
同誌はまた、これまで難民や移民らを単なる労働力としてとらえていたことが社会の分裂を生んだとも指摘し、シリア人女学生ブナナ・ダルビッシュさん(25)を難民との統合社会の理想像に挙げる。
父はイスラム教を教える教師、母は英語通訳。内戦を逃れ昨年、ドイツに移住。向上心豊かで建築学を学ぶため奨学金を獲得して十月に大学に入学する。欧州に渡ったシリア難民は、教育水準が高い若者も多い。ドイツの難民受け入れには、少子化、高齢化に備え人材を確保したいとの狙いもある。
ドイツの政治は理念を重視し、ナチスによるユダヤ人迫害への反省から基本法憲法)で難民の亡命請求権を認め、人道的寛容を国是としてきた。
メルケル首相は三月、来日時の講演で、第二次大戦後に、東欧の領土となった東方から追われた千二百万人以上に上る避難者を受け入れたことや、高度経済成長期の労働力となったトルコ人系移民約三百万人の存在を挙げ、ドイツには多くの経験と蓄積があることを強調した。
最近は、母国の料理を紹介する料理教室の講師に招いたり、サッカーチームに参加させたりするなど、市民ボランティアによる難民定住支援も活発になっている。
戦後根付いた寛容と人道支援の蓄積を生かして摩擦を乗り越え、新たな統合社会を築いてほしい。
難民らはメルケル首相の写真を手に感謝の気持ちを述べた。得られる国際的信頼は絶大なはずだ。
EUは域内に十六万人の難民を受け入れる方針で、ドイツ以外の各国にも分担を求めているが、中東欧諸国は難色を示す。独政府は移動の自由を保障したシェンゲン協定を見直し、隣国国境での検問を一時的に復活させた。難民と認定されずに送還される人も多いとみられ、混乱も予想される。難民危機は欧州の結束や理念をも揺るがしている。人道は欧州全体が重視する価値観でもある。EUはこれまで粘り強い協議を重ねながら難局を乗り切ってきた。知恵を出し合い解決策を探ってほしい。
対岸の火事ではない
人権など人道的価値観はわれわれも共有しているが、難民受け入れには消極的だ。今回の問題を対岸の火事と見なさず、受け入れへの協力をもっと進めることができないか考えたい。日本はヨルダンやトルコの難民キャンプに対し、上水道などインフラ整備への援助を続けている。これら民生支援を充実させたい。軍事以外にもできる貢献は多いはずだ。