米国の大手通信社AP通信が「ロボット記者」を導入するという…-東京新聞(2014年8月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2014081002000129.html
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米国の大手通信社AP通信が「ロボット記者」を導入するという。コンピューターが入力データを解析し記事を書く。
導入当初は、比較的単純な企業の決算原稿などに使われるそうだが、やがては小欄のようなコラムまで機械が書く時代が来るか。博覧強記の上に文句も愚痴もこぼさぬ機械記者に人間のコラムニストは太刀打ちできるか。
たぶん、首相官邸は「ロボット記者」に改造を加え、「ロボットスピーチライター」をいち早く導入している。そう考えれば合点がいく。広島原爆の日の平和記念式典で安倍首相が行ったスピーチの冒頭部分が、昨年の原稿とほぼ同じ内容だったという。
日本人ならば、人間ならば、犠牲者の無念さや痛みに対し、背筋がぴんとする日であろう。毎年同じ思いといえども、まともな人間はその原稿だけは手を抜かぬ。抜けないものだ。ほぼ同じ内容を使い回しした、スピーチライターは血も涙もない、心のないロボットに相違ない。
それが証拠に批判も気にしていない。九日の長崎市での平和祈念式典でのスピーチも、およそ半分が昨年のものと酷似している。
首相はさぞや、お忙しいのだろうが、それでも原爆の平和式典と終戦記念日のスピーチぐらいは自分で用意した方がよかろう。自分で悩み苦しめば、原稿にも自然と心や魂が宿るはずである。だいたいそのロボットは性能が悪すぎる。