(筆洗)その書を開けば今でも、先生の教え子になれる - 東京新聞(2016年12月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016120902000139.html
http://megalodon.jp/2016-1209-0927-41/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016120902000139.html

夏目漱石のまな弟子・鈴木三重吉は、師と同じく神経衰弱に苦しんだ。大学を休学しなくてはならず、自殺を思うほど追い詰められたが、それを救ったのが、漱石からの手紙だったという。
漱石の書簡集にある三重吉宛ての一通は一九〇五年の大みそかに書かれ、消印は元日の午前零時から五時。夜更けまで書き、わざわざ出しに行ったのであろう、その手紙からは、漱石の心のぬくもりが、湯気を立てんばかりに伝わってくる。
<書斎で一人で力んでいるより大(おおい)に大天下に屁(へ)の様な気焔(きえん)をふき出す方が面白い。来学年から是非出て来給(きたま)え>このころ漱石自身も精神的に苦しみ、「屁の様な気焔」を天下にふき出すつもりで『吾輩は猫である』などを書いていたのだ。
そんな教育者としての顔は弟子らにだけ向けられたのではなかった。後年、三重吉が師の家を訪れると、汚い服を着た少年に英語を教えていた。体調が悪そうなのに丁寧に教え続けた文豪はこう言って笑ったという。
「どこかの子だか、英語を教えてくれとやって来たのだ。私はいそがしい人間だから今日一度だけなら教えてあげよう。一体だれが私のところへ習いにいけと言ったのかと聞くと、あなたはエライ人だというから英語も知ってるだろうと思って来たんだと言ってた」
漱石没して、きょうで百年。その書を開けば今でも、先生の教え子になれる。

自ら調べて学ぶ形へ 横浜市教委、小中など全498校に学校司書:神奈川 - 東京新聞(2016年12月7日)

http://www.tokyo-
np.co.jp/article/kanagawa/list/201612/CK2016120702000181.html

横浜市教育委員会は本年度から、市立の小中学校と特別支援学校の計四百九十八校すべてに学校司書を一人ずつ配置(小中一貫校は二人)している。学校図書館の蔵書を有効活用するだけでなく、教員の負担軽減も期待する。児童生徒には、読書の習慣づけに加え、自ら積極的に学ぶ姿勢を身につけてもらうことを目指している。市教委は「教員が教え込むのではなく、学びの形を変えていく」と話している。 (志村彰太)
「調べたい事柄は、この本に載っています。百科事典で調べてもいいですよ」。十月下旬、横浜市西区の稲荷台小学校の図書室で、四年生が学校司書の二條裕子さん(40)の解説を受けていた。児童は箱根町の寄せ木細工について、伝統工芸や県内の歴史をまとめた本を見ながらノートにまとめ、調べた結果を発表し合っていた。
担任の男性教諭は「インターネットは情報量が多すぎて授業には不向き。でも教える単元に合った本を自分で探す時間は取りにくい。司書さんは使いやすい本をすぐ用意し、提案してくれる」と感謝する。二條さんは「授業支援だけでなく、どんな本を借りたらいいかと子どもから相談を受ける」と話す。実際、この日の中休みは本を借りるための行列ができていた。
学校司書は二〇一五年四月施行の改正学校図書館法で、配置が努力義務となった。公共図書館の司書と同様に蔵書管理や貸し出しを担う。横浜市立小中では一三年度から順次導入し、平日は全校で常駐するようにしている。県内の他の政令市では、川崎市が市立小中百六十五校のうち、モデル校などに三十五人いる。相模原市は十年以上前から、全国に先駆けて全百九校に配置している。両市とも週二、三日の勤務だという。
横浜市では既に効果が表れている。導入前の一二年度、一校当たりの貸出図書数は三千四百四十冊だったのが、一五年度には八千冊以上に増えた。
市教委の担当者は「読書の習慣づけだけが目的ではない」と話す。学校司書に教員と連携した授業展開を任せ、教員の一方的な解説ではなく、子どもが自ら調べて学び、発表する「アクティブラーニング」の全校への普及を狙っている。
「横浜の学びを変える」と市教委は意気込む。ただ、各校の蔵書の少なさが課題で、稲荷台小も周辺校と貸し借りして賄っている。また、全校に学校司書配置の目的を浸透させるには時間がかかり、市教委も「アクティブラーニングの周知が必要」と認める。
本年度の予算は六億二千五百万円。横浜市では「予算の制約」などを理由に中学校で給食を実施しておらず、政策の優先順位が問われる可能性もある。市教委は「学力や学ぶ意欲の向上などデータを取って、効果を検証したい」と話している。

国際学力テスト 基礎になる豊かな言葉 - 毎日新聞(2016年12月9日)

http://mainichi.jp/articles/20161209/ddm/005/070/035000c
http://megalodon.jp/2016-1209-0929-25/mainichi.jp/articles/20161209/ddm/005/070/035000c

学校教育の転換期に有用な警鐘の一つと受け止めたい。
経済協力開発機構OECD)の2015年の学習到達度調査(PISA)で、日本の「読解力」が前回4位から8位に落ちた。
一方、他の2分野、「科学的応用力」は4位から2位へ、「数学的応用力」は7位から5位へ上昇した。
テストは3年ごとに無作為抽出の15歳を対象に3分野で行われる。暗記知識ではなく、応用的な力を見る。今回は72カ国・地域が参加した。
PISAと日本の教育政策には因縁がある。03年調査で読解力が14位と急落、「ゆとり教育」が原因と批判され、課程の見直し、全国学力テスト復活につながった。「PISAショック」である。
文部科学省は、2分野の上昇は授業時間増加など「脱ゆとり」課程の成果とする。読解力の成績低落については「今回導入されたコンピューター利用の出題・解答方式に不慣れなのが一因」と推論するとともに、まとまった長文を読み解き、自分の言葉で表現する力や語彙(ごい)の不足もあるのではないかとみる。
それは専門家や学校教育現場からも指摘されるところだ。
背景には、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などによる頻繁な短文のやりとりに慣れたり、情報を専らネットに頼ったりしていることがある。文章を書いて考えを表現し、読んで理解することが不得手になりがちだ。
近年、学校教育は「言語活動」に力を入れ、グループ討議などをするが、話を双方向で交わし進展させるのは必ずしも容易ではない。
20年度から順次実施される小、中、高校の次期学習指導要領の策定が今大詰めを迎えている。
基礎的な学力の上で、主体的に課題を見つけて探究し、協働して解決を図る。「正解」は一つではなかったり、存在しなかったりする。重視するのはその過程で育む思考力、判断力−−という次期要領の理念は「アクティブ・ラーニング」と呼ばれるが、これはPISAの出題理念と重なり合うところがある。
今回PISAは日本の読解力に課題があることを示した。語彙の不足に対し多様で豊かな言葉を身につけるという課題を示したともいえる。
工夫された読書計画や実りあるディベートなど、先進校の取り組みや研修の成果を共有したい。
また今回科学に重点を置いたPISAの質問調査では、日本の学習意欲が全体平均に比べて低く、成績の割には楽しんだり、関心を深めたりしていない。気になるところだ。
これも創造的な観察・実験授業など、改善工夫例を生かしたい。

厚木最高裁判決 騒音被害に冷たすぎる - 毎日新聞(2016年12月9日)

http://mainichi.jp/articles/20161209/ddm/005/070/034000c
http://megalodon.jp/2016-1209-0929-53/mainichi.jp/articles/20161209/ddm/005/070/034000c

住民の騒音被害に対して、冷たすぎる司法判断だ。
米軍と自衛隊が共同で使用する厚木基地(神奈川県)の騒音訴訟で、最高裁は、自衛隊機の夜間・早朝の飛行差し止めを認めた1、2審判決を取り消し、住民側の請求を棄却した。また、2審が認めた将来分の損害に対する賠償請求も退けた。
過去の被害に対する約82億円の賠償は既に確定している。だが、原告住民にとって、2審より後退した判決内容は納得し難いだろう。
基地周辺の騒音被害は甚大だ。原告らの多くが睡眠への影響やストレスを訴えている。最高裁はそうした被害について「特に睡眠妨害の程度は相当深刻だ。被害は生活の質を損なうものであり、軽視できない」と、理解を示した。
一方で最高裁は、自衛隊機の運航には高度の公共性、公益性があるとした。また、自衛隊が夜間・早朝の飛行について自主規制していることや、騒音被害を減らすための住宅防音工事に対する助成などが行われていることを挙げ、「相応の対策措置が講じられている」として、自衛隊機の運航が妥当性を欠くとは言えないと結論付けた。
自衛隊機の運航に公共性があるのは間違いない。しかし、最高裁の判断には首をひねらざるを得ない。
そもそも厚木基地の騒音をめぐる訴訟は、1976年の第1次訴訟の提訴以来、40年にわたる。だが、最高裁が指摘したような多大な健康被害がいまだ続いているのが現実だ。そのこと自体が、対策措置が不十分なことの証しではないか。
厚木基地周辺だけにとどまらない。全国各地で騒音訴訟が継続中だ。
米軍普天間飛行場沖縄県)をめぐる騒音訴訟で、那覇地裁沖縄支部は先月、国に賠償を命じ、「騒音被害が漫然と放置されている」と騒音対策への取り組みを強く批判した。
厚木基地訴訟で、東京高裁が将来分の賠償を認めたのも、継続的な被害の実態を重視したからだ。
騒音の主因とされる米軍の空母艦載機が来年には厚木基地から岩国基地山口県)に移駐する計画だ。騒音がたらい回しにされては解決にならない。政府は航空基地周辺での騒音対策に今以上に真剣に取り組むべきだ。
騒音がひどく、防音工事の全額補助対象になっている世帯が全国で約56万世帯あるが、工事実施率は8割だ。やれる対策を急ぐ必要がある。
また、今回の判決で、米軍機の飛行差し止めを認めない判断が確定した。過去の判例に基づき審理対象にもしなかったのは、判断から逃げていると批判されても仕方ない。騒音の軽減について政府は引き続き米軍側と交渉を進めていくべきだ。

(記者の目)憲法改正論議と日本会議 - 毎日新聞(2016年12月7日)

http://mainichi.jp/articles/20161207/ddm/005/070/015000c
http://archive.is/2016.12.09-003304/http://mainichi.jp/articles/20161207/ddm/005/070/015000c

政治離れが生む存在感
そこに熱はない。
原発デモで国会を取り巻いた人たちには「切実さ」があった。ヘイトスピーチに抗する人々は「怒り」を共有していた。安全保障関連法制を巡っては、少なからぬ人が「SEALDs(シールズ)」の若者に「希望」を見ていた。しかし、9条などを念頭に改憲を目指す保守団体「日本会議」には、市民運動が帯びるはずの熱がない。講演会やイベントは形式張っていて、よく地方で見られる選挙事務所を思わせた。改憲を求める署名が淡々と積み上がっていく様は事務的で、自治体職員による選挙の開票作業を連想させた。どこか冷めた、まるで機械を見るようだった。

所得税 「再分配」へ抜本改革を - 朝日新聞(2016年12月9日)

http://www.asahi.com/articles/DA3S12697803.html?ref=editorial_backnumber
http://megalodon.jp/2016-1209-0908-46/www.asahi.com/paper/editorial.html?iref=comtop_shasetsu_01

政府・与党が来年度の税制改正大綱をまとめた。
所得税について、今回仕組みの変更を決めた配偶者控除を第1弾として、来年度から各種控除を見直していくとうたった。
所得税は消費税や法人税とともに基幹税の一つだ。安倍政権は、消費税と法人税については大きな政策変更を実施してきたが、所得税では部分的な手直ししかしていない。
単身・独身世帯が増え、非正規労働が広がる。暮らし方や働き方が様変わりし、賃金が伸び悩む中で、国民には格差拡大への不安や不満が高まっている。
豊かな人により多くの負担を求め、所得が少ない人らを支える「再分配」の強化に向けて、所得税のあり方を点検する必要がある。控除の見直しにとどまらず、預貯金や株式で得られる所得への課税が高所得者に有利になっている問題なども含め、抜本改革を目指すべきだ。
所得税には、誰にも共通する「基礎」、家族を養う人への「扶養」など、いくつもの控除がある。その大半は、それぞれの項目ごとに決められた金額を収入から差し引き、その後に所得税率をかけて納税額を計算する「所得控除」だ。
この方法だと、適用税率が高い高所得者ほど負担軽減額が大きくなる。再分配強化への一歩として、所得の多寡にかかわらず負担軽減額を同じにする「税額控除」への切り替えなど、仕組みを改めるべきだ。
ところが、配偶者控除の見直しではそうした観点は素通りした。それどころか、パートで働く配偶者が就業時間を増やしやすくする目先の対応が優先され、仕組みを温存・拡大することになった。
改革は出だしからつまずいた。政府・与党はいま一度、理念と目標を確認してほしい。
所得が増えるほど課税を強化する累進税率のあり方のほか、急務なのは預貯金や債券の利子、株式の配当・売却益への課税の見直しだろう。
所得税最高税率が45%なのに対し、これらへの税率は一律20%にとどまる。高収入の人ほど預貯金や株式取引も多くなる傾向にあるため、年間の所得の合計が1億円を超えると、年収に対する納税額の比率が下がっていく現象が生じている。是正は待ったなしだ。
再分配の強化には、所得税の控除自体を縮小・廃止しつつ社会保障や教育の給付を充実させる手も有効だし、相続税など資産への課税強化も不可欠だ。
全体像をどう描くのか、政府・与党の問題意識が問われる。