東電 メルトダウン問題で新潟県に謝罪 - NHK(2016年8月25日)

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160825/k10010653521000.html
http://megalodon.jp/2016-0825-1155-06/www3.nhk.or.jp/news/html/20160825/k10010653521000.html

東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと2か月以上、「炉心溶融」いわゆるメルトダウンを認めなかった問題で、東京電力の幹部がこの問題を追及してきた新潟県を訪れ、一連の対応について謝罪しました。
この問題をめぐっては、事故から5年になることし2月、東京電力が当時の社内マニュアルに従えば事故の3日後には炉心溶融と判断できたことを明らかにし、その後の調べで、当時の社長が炉心溶融ということばを使わないよう指示していたことも明らかになりました。
こうした隠蔽は、東京電力柏崎刈羽原発がある新潟県の追及がきっかけで明らかになったもので、25日は東京電力原子力部門のトップ姉川尚史常務が新潟県の泉田知事と会い、「十分な調査に基づいた報告ができなかった不手際をおわびします」と謝罪しました。
これに対し泉田知事は「メルトダウンしているかどうかは住民避難の判断に極めて重要な情報で、5年間も認めてこなかったことは非常に残念だ」と述べて、改めて批判しました。
この問題をめぐっては、新潟県東京電力がより詳しい調査が必要だとして、今月末にも合同の委員会で検証を始める予定で、面会のあと泉田知事は「公表をめぐって社内にどんな問題があったのかさらに検証を続けるべきで、原発の事故の総括なしには柏崎刈羽原発の再稼働の議論はできない」と話しました。

(牧太郎の青い空白い雲 584)日本会議と戦う!?「度胸の天皇陛下」がついに決意された - 毎日新聞出版(2016年9月4日号)

http://mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2016/09/04/post-1066.html
http://megalodon.jp/2016-0825-1112-36/mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2016/09/04/post-1066.html

畏れ多いことながら"ある事件"以来、「今上天皇は度胸で誰にも負けない!」と思うようになった。
「ある事件」とは......2004年の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士米長邦雄さんが「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話した時のことだ。
これを聞いた天皇は(いつもと同じように和やかではあったが)、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べられた。米長さんは「もちろん、そう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えるしかなかった。
天皇が国旗・国歌問題に言及するとは意外だった。宮内庁次長は園遊会後、発言の趣旨を確認したとした上で「陛下の趣旨は自発的に掲げる、あるいは歌うということが好ましいと言われたのだと思います」と説明した。しかし、「日の丸・君が代」を巡っては長い間、教育現場で対立が続いていた。とすれば、この天皇発言は「政治」に踏み込んだ、と見なされても仕方ない。それを十分認識されていながら天皇はサラリと「国旗観・国歌観」を披露された。
畏れ多いことだが「天皇は度胸がある!」と舌を巻いた。
    ×  ×  ×
ビデオメッセージ「生前退位のお気持ち」を聞いた時、多くの人が「第2の人間宣言」と思ったのではないか。昭和天皇は1946年1月1日の詔書で「天皇の神格」を否定された。天皇を現人神(あらひとがみ)とし、それを根拠に日本民族が他民族より優越すると説く観念を否定する!と宣言した。「人間天皇」である。今回のメッセージは「個人として」「常に国民と共にある自覚」「残される家族」―との文言が並ぶ。私的な側面、換言すれば「個人」の思いを前面に出された。だから「第2の人間宣言」と見る向きも多い。
しかし、それだけではない。天皇は(政治家も、学者も、国民も避けて通って来た)「象徴天皇とは」に言及された。これはびっくりするほど「度胸ある論陣」だった。
    ×  ×  ×
「その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」
「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」
「象徴天皇」とは「国民に寄り添うこと」である。全身全霊で「日本国憲法」に従い、国民を守ってきたという自負。天皇は「護憲の立場」を度胸よく明確にされた。
    ×  ×  ×
ところが、世の中は「天皇の護憲意思」と逆の方向に動いている。
2012年4月に発表された「自民党憲法草案」は第1条に「天皇は、日本国の元首」と明記。現行憲法第99条には「天皇又は摂政」は憲法尊重擁護の義務を負う旨の言葉はあるが、自民党憲法草案第102条は「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と書いてある。「天皇又は摂政」の文字はない。憲法が国民を守るのではなく、国民が憲法に従う。天皇は違和感を持たれたのでは......。先の大戦への反省の上、現憲法が大事にする「国民主権・平和主義・基本的人権の尊重」の柱がいつの間にか消えている。
    ×  ×  ×
与党が参院選で圧勝した3日後、憲法改正論議が始まろうとした矢先の7月13日、「天皇生前退位の意向がある」とNHKニュースが報じた。このタイミングに「天皇の度胸」を感じる。
天皇の「本当の狙い」を推測することをお許し願いたい。天皇は国民に対して「天皇は元首ではない。国民に寄り添う象徴である!」と明言された。
安倍首相は困惑した。「国民に向けご発言されたことを重く受け止める」と1分にも満たない原稿を棒読みすると、記者団の前からそそくさと去って行ってしまった。この素っ気ない対応の裏には、このメッセージが安倍内閣に対するものと、政権を支える「日本会議」への「お諫(いさ)め」であることを知っているからではないか。
大日本帝国憲法を復活させ天皇を元首にしたい日本会議からすれば、生前退位は絶対に認められないはずだ。"万世一系天皇"という神話的な「地位」から、加齢などを理由に退職できる「職位」になってしまうからだ。
天皇日本会議の緊張関係。我々は時が経(た)つと、天皇の「お気持ち」が日本会議への「お諫め」であったことに気づくはずだ。

自民の憲法草案が現実になったら? 弁護士が小説で描く - 朝日新聞(2016年8月25日)

http://digital.asahi.com/articles/ASJ8L5747J8LUTIL028.html
http://megalodon.jp/2016-0825-1007-45/digital.asahi.com/articles/ASJ8L5747J8LUTIL028.html

自民党日本国憲法改正草案が現実になったら、世の中はどう変わる? 弁護士が「もしも」の世界を描いた小説「未来ダイアリー」を25日に出版する。遠い存在と思われがちな憲法を、一人ひとりの暮らしに引きつけて考えるきっかけにして欲しいと願う。
筆者は内山宙(ひろし)弁護士(41)=静岡県弁護士会。「明日の自由を守る若手弁護士の会」に所属し、フランス革命を舞台にした漫画「ベルサイユのばら」や映画「スター・ウォーズ」を題材に憲法とは何かを講演。自由や平等、権利の意味を市民にわかりやすく語りかけてきた。
内山さんの活動に注目し、小説の企画を持ちかけたのは雑誌「週刊金曜日」副編集長の宮本有紀さん。「憲法は自分とは関わりがないと思っている人たちに、憲法が変わると具体的にどう生活に影響するのかを伝えたかった」と話す。
憲法24条で「家族の助け合い」が義務化された結果、子育ては家庭でやるものだと強調されて保育所が不足したり、国会前のデモに対し、内乱などの場合に政府に権限を集中させる緊急事態条項の適用が検討されたり……。小説で描かれる世界は自民草案の論点を考える内容になっている。
内山さんは裁判所の書記官をしながら法科大学院に通い、2007年に司法試験に合格。書記官時代は、裁判所の周辺で行われるデモを冷ややかに見ていた。それを変えたのは、12年の自民草案の公表であり、13年の特定秘密保護法強行採決、そして、街頭で抗議に立ち上がった学生たちとの出会いだったという。
内山さんは言う。「『こんなはずじゃなかった』と後悔しないためにも、まず、憲法とは何かを知ることが大切です」
出版社「金曜日」から、税抜き1千円。(編集委員・豊秀一)

未来ダイアリー もしも、自民党改憲草案が実現したら?

未来ダイアリー もしも、自民党改憲草案が実現したら?

「貧困女子高生」批判相次ぎ、国会議員も乗り出す - 毎日新聞(2016年8月24日)

http://mainichi.jp/articles/20160825/k00/00m/040/053000c
http://megalodon.jp/2016-0824-2040-39/mainichi.jp/articles/20160825/k00/00m/040/053000c

子どもの貧困問題を扱ったNHKのニュース番組で体験を語った女子高校生について、インターネット上で「貧困ではない」「捏造(ねつぞう)だ」と批判する書き込みが相次ぎ、自民党の国会議員がNHKに釈明を求める騒ぎとなっている。ネット上には住所などとともに女子高校生の容姿を中傷する書き込みまでされ、人権侵害が懸念されている。
NHKは今月18日の「ニュース7」で、神奈川県の設置した「かながわ子どもの貧困対策会議」が同日開いたイベントで発言する県内の高校3年の女子生徒を取り上げた。生徒は、経済的な理由から専門学校進学をあきらめたとして「夢を持っているのに、何で目指せないんだろう」と自分の境遇を訴えた。
番組は、パソコンの授業のために母にキーボードだけ買ってもらって練習したエピソードを紹介。アニメ関係の仕事に就くのが夢だという生徒の自宅での映像の背後に、イラスト用ペンが映った。
ネットには「参考価格1万9440円」とする買い物サイトの画像が掲載された。これは「72本セット」の値段で、1本当たり270円だったが、「2万円のペンを所有」という情報が拡散した。
さらには「部屋にアニメグッズがたくさんある」「1000円以上のランチを食べたとツイートしている」として「貧困ではない」と指摘する声が噴出。生徒の容姿などの書き込みも続き、自宅を撮影したとする写真もアップされた。
また、自民党片山さつき参院議員も、20日にツイッターで「チケットやグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょうからあれっと思う方も当然いらっしゃるでしょう」と疑問を表明。NHKに説明を求めるとした。23日には「NHKは『貧困の典型例として取り上げたのではない』と説明した」と記した。
イベントを主催した同県子ども家庭課の小島厚課長は「ショッキングだ。勇気を振り絞って話した生徒への個人攻撃だけはやめてほしい。食べるものや着るものがあるとしても、修学旅行や部活の遠征に行けなかったり、進学をあきらめたりする『相対的貧困』の見えにくさを考えようというイベントだった。まさに見えにくさゆえに誤解が広がってしまった」と話した。
片山氏は取材に、事務所を通じて「ツイートの内容が現時点の見解で、それ以上は申し上げられない」と回答した。NHK広報部は「本人や家族、行政機関などに取材し、経済的に厳しい環境で生活する高校生だと判断しています」とコメントし、片山氏への回答内容は明らかにしなかった。【加藤隆寛、須藤唯哉】
「ネットだから」というやり得を許してはならない
貧困問題に詳しいフリーライターみわよしこさんの話 政治家も含めて相対的貧困絶対的貧困についての理解が不足している中で、ネットで社会の最も弱い者に対して攻撃のエネルギーが向かってしまった。道のりは険しいが、貧困の解消について社会的な合意を形成すべきだ。自宅の写真や容姿の中傷は立派な犯罪で、立件は可能だ。「ネットだから」というやり得を許してはならない。

志布志事件 教訓は可視化の拡大だ - 毎日新聞(2016年8月25日)

http://mainichi.jp/articles/20160825/ddm/005/070/039000c
http://megalodon.jp/2016-0825-0904-59/mainichi.jp/articles/20160825/ddm/005/070/039000c

限度を超えた警察の取り調べの違法性を断罪した内容だ。
2003年の鹿児島県議選をめぐり、起訴された12人の無罪が確定した志布志(しぶし)事件で、福岡高裁宮崎支部が、逮捕や起訴されなかったものの「違法な取り調べを受けた」とする住民6人の訴えを認め、595万円の支払いを県に命じた。双方とも上告せず、判決はこのほど確定した。
志布志事件は、取り調べの録音・録画(可視化)の法制化が進むきっかけになった事件だ。今回の裁判所の判断を踏まえれば、任意の取り調べであっても、可視化の仕組みが必要だといえる。
住民らの取り調べは、公職選挙法の買収などの容疑で行われた。
「取り調べ中の交番の窓から外に向かって『2万円と焼酎2本をもらったが、それ以外はもらっていません』と大声で叫ばせた」「高血圧性脳症の疑いと診断されて入院したのに外出許可を取らせて連日の取り調べを強行した」「大声で怒鳴りながら机をたたくなどの取り調べを連日長時間繰り返し、入院を余儀なくさせた」−−。いずれも判決が認定した内容である。1審よりも違法な取り調べの範囲を広くとらえた。
これは取り調べの名に値しない。住民が「人権侵害だ」と訴えたのもうなずける。結果的に、警察の見立てに沿う自白調書ができた。
志布志事件では、逮捕や起訴された住民の裁判でも信じられないような取り調べが明らかになった。心理的に追い込むため、親族の名前などを書いた紙を取り調べ中に踏ませた「踏み字」もその一つだ。
刑事事件は07年に無罪が確定した。無罪の住民と遺族が国家賠償を求めた訴訟でも「公権力をかさに着た常軌を逸した取り調べだった」と認定され、計5980万円の賠償を命じた判決が昨年確定している。
今回の控訴審判決が確定し、志布志事件の裁判は、刑事・民事とも終結した。
この事件で明らかになったのは、いったん捜査機関が事件の筋を見立てると、自白を得るために相当強引な取り調べをすることがあり得るということだ。なぜ捜査は強引に推し進められたのか。同じことを繰り返さないためにも、県警は住民らの意向を踏まえ、事件を検証して原因を明らかにする責任がある。起訴して公判を続けた検察の責任も大きい。
5月に成立した刑事司法改革関連法では、捜査機関への可視化の義務づけを、主に裁判員裁判対象事件で身柄拘束中の容疑者に限定した。これは、全逮捕・勾留事件の3%程度にとどまる。だが、志布志事件の教訓を生かし、可視化の範囲はさらに広げていくべきだ。

(余録)今年はシーボルトが没して150年になるそうだ… - 毎日新聞(2016年8月25日)

http://mainichi.jp/articles/20160825/ddm/001/070/163000c
http://megalodon.jp/2016-0825-0906-38/mainichi.jp/articles/20160825/ddm/001/070/163000c

今年はシーボルトが没して150年になるそうだ。歴史の教科書に出てくる「シーボルト事件」を起こしたドイツ人医師である。江戸幕府禁制の日本地図を国外に持ち出そうとして国外追放されたのだから、なにやら怪しげな人物という印象を持つ人もいるだろう。
ところが彼は、長崎の私塾で西洋医学や自然科学を教えたほか、日本の自然や生活文化を欧州に紹介して日欧交流に大きな足跡を残した民俗学者でもあった。千葉県佐倉市国立歴史民俗博物館で開催中の「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」展が、そんな功績を紹介している。
シーボルトは帰国後、日本などを紹介する民俗学博物館の設立を提案した。途上国の事情をつぶさに伝え、植民地経営や貿易に役立てる狙いもあったはずだ。それでも彼は異国の文化を知れば、その国に対し「尊敬と理解をもって振る舞える」と主張した。日本で多くの門人らと交流を深めた経験を基に信頼関係を築くことの大切さを強調したのだろう。
経済大国になった日本の途上国への対応はどうか。第6回アフリカ開発会議(TICAD6)が27、28日にケニアの首都ナイロビで開かれる。日本政府の主導で1993年に始まった国際会議である。
安倍晋三首相が出席し、人材育成や保健分野での支援を表明するそうだ。多くの民間企業も同行し、各国との経済連携強化を目指す。
もっとも、国連安全保障理事会常任理事国入りに向けアフリカ諸国の支持を得たいという下心や、存在感を増す中国への対抗心は隠せない。外交の要諦は信頼関係の構築だろう。相手国への「尊敬と理解」を忘れずにいたい。

安保法 本格運用へ 海外で武力行使の訓練解禁 - 東京新聞(2016年8月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201608/CK2016082502000128.html
http://megalodon.jp/2016-0825-0907-44/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201608/CK2016082502000128.html

柳沢協二さんのウオッチ安保法制 犠牲出てもやめられない - 東京新聞(2016年8月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201608/CK2016082502000127.html
http://megalodon.jp/2016-0825-0914-59/www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201608/CK2016082502000127.html

安全保障関連法に基づく訓練開始の決定を受け、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)への派遣部隊が二十五日から訓練を始める。駆け付け警護が新たな任務として付与された場合の安全性について、柳沢協二さんに聞いた。
 ◇ 
駆け付け警護は、自衛隊が武器を使って国連職員らを救出する場合、何が起きるのか誰にも想像できない。自衛隊はPKOの派遣先で、交戦状態に入った経験がないからだ。
最悪の事態も想定しなければならない。反撃されて隊員に犠牲が出たとき、それでも活動を続けるのか。「死んだからもうやめます」とは言えない。現地の状況が変わらない限り、永遠に関与していくことになる。
駆け付け警護で人に危害を加えることができるのは、自身の正当防衛や、警護対象の国連職員らが殺されようとしているのを防ぐ場合。実際問題として相手より先に攻撃することが必要だが、自衛隊は(本来的に)先制攻撃はできない。そういう部隊が駆け付け警護という任務をもって展開することが、現地の人や国連にとって迷惑でないのかも考えないといけない。
私が小泉内閣官房副長官補だった二〇〇四年に始まった自衛隊イラク派遣の際、官邸や与党の幹部は「隊員には何とか銃弾を撃たずに戻ってきてほしい」と思っていた。
駆け付け警護で命を懸けることの意味が問われている。「こういう国益がかかっている」という説明が政府からあり、それを国民が納得したのでなければ、犠牲者が出た場合に国民から大きな反応があると思う。 (聞き手・新開浩)

機動隊が記者排除し閉じ込め 東村高江 弁護士「報道の自由侵害」 - 琉球新報(2016年8月21日)

http://ryukyushimpo.jp/movie/entry-340617.html
http://megalodon.jp/2016-0825-0912-03/ryukyushimpo.jp/movie/entry-340617.html

【ヘリパッド取材班】東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場の新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設をめぐり、東村高江で抗議活動をする人たちを県道上で取材していた本紙記者が20日午前、機動隊に強制排除され、約15分間、隊員による人垣と車両の間に閉じ込められた。この間、工事車両の資材搬入などの現場に近づくことができず、取材機会が奪われた。沖縄タイムスの記者も同様に排除され、一時閉じ込められた。弁護士らは報道の自由の侵害と問題視している。
朝から抗議行動をしていた市民ら約50人は、東村高江のN1地区ゲート前から南下し、工事車両の搬入を止めようと県道70号の高江橋の上に座り込んだ。午前10時25分、南側から約30人の機動隊員が近づき、座り込む人たちの腕や体をつかんで強制的に排除した。
排除される際、本紙記者は機動隊員に腕章を示した上で「琉球新報だ」と訴えたが、解放されず、その後、閉じ込められた。現場にいた小口幸人弁護士は「記者排除は大問題だ。国家権力が、強制力を持って市民を排除する場から記者を排除して、報道させないのは、報道の自由の根幹部分の侵害だ。絶対に許してはいけない行為だ」とした。
座り込みを排除した後、砂利を積んだ工事車両10台が警察車両に守られながら、ゲート内へ入っていった。

強く抗議する
普久原均琉球新報編集局長の話 本紙記者は琉球新報の腕章を身に着け、住民の抗議行動を記録するための正当な取材をしていた。現場には県民に伝えるべきことがあった。警察の妨害によって、その手段が奪われたことは大問題だ。警察官が記者を強制的に排除し、行動を制限した行為は報道の自由を侵害するもので、強く抗議する。

高江の取材妨害を批判 信濃毎日、東京新聞 社説などで指摘 - 琉球新報(2016年8月24日)

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-343359.html
http://megalodon.jp/2016-0825-0910-43/ryukyushimpo.jp/news/entry-343359.html

20日に米軍北部訓練場ヘリパッド建設に反対する住民の抗議行動を取材していた本紙記者らが県警に一時拘束され、取材を妨害されたことに対し23日、県外の新聞も社説などで伝えた。
長野県の信濃毎日新聞は「沖縄基地問題 取材記者も排除するとは」と題した23日の社説で言及した。昨年6月の自民党若手議員らによる報道圧力問題にも触れ「記者を乱暴な形で排除した背景に、政府に対して批判的な報道を続ける地元紙に対する政府、自民党の敵意が隠れていないかが気になる」と指摘した。
東京新聞は23日の「こちら特報部」で、一時拘束と21日に東京・霞が関脱原発テント周辺で取材していたフリーカメラマンが公務執行妨害の容疑で逮捕されたことを併せて「参院選での与党大勝後、報道に対しても警察の圧力が増している」と指摘。「度を越した警察の強権的な対応は、報道の自由を侵害している」と批判した。
20日に東村高江の現場にいた小口幸人弁護士の「強制排除は法律に基づくが、記者は対象外。それを分かっていないのでは」とのコメントも紹介した。

沖縄・高江で取材中の琉球新報、沖縄タイムス記者を警察が拘束!「報道の自由」侵す暴挙も中央マスコミは一切無視 - litera_web(2016年8月25日)

http://lite-ra.com/2016/08/post-2521.html

安倍政権が現在、強権的に進めている沖縄県の東村高江米軍北部訓練場ヘリパッド建設工事。連日、工事に抗議する住民らが必死の抵抗をつづけているが、先日20日、信じられないような事件が発生した。
なんと、市民による抗議活動を取材していた琉球新報沖縄タイムスの記者2名が、警察によって強制的に拘束されたのだ。
この日は約50人の市民が工事のための砂利を積んだ車両の搬入を止めようと県道70号にある高江橋の上に座り込んでいたが、そこに約30人の機動隊が現れ、次々に市民を力づくで強制排除した。そのなかに記者もおり、社の腕章を見せて自分が記者であることを訴えたが、聞き入られることなく、〈背中を強く押されながらバスとバスの間に連れて行かれ、すでに拘束されていた市民ら15人と一緒に押し込められた〉(沖縄タイムス記事より)という。
しかも、沖縄タイムスによると、〈県警に「取材中である」ことを訴えると、一度は解放された〉のだが、解放されて約10分後には別の機動隊員が記者を再び拘束したのだ。
これは明確な取材活動の妨害であり、憲法に保障された報道の自由を奪う常軌を逸した行為だ。しかも、このように警察が力に任せて報道記者を拘束することは、私たちの知る権利も踏みにじっている。もはや沖縄は民主主義が守られない公権力の無法地帯であり、安倍政権による沖縄いじめはすでに、ここまで極まっているのである。
当然、琉球新報沖縄タイムスも警察に対して抗議しており、23日には沖縄タイムスが石川達也編集局長名で抗議声明を発表。琉球新報も、21日付の記事で普久原均編集局長が以下のように述べている。
〈本紙記者は琉球新報の腕章を身に着け、住民の抗議行動を記録するための正当な取材をしていた。現場には県民に伝えるべきことがあった。警察の妨害によって、その手段が奪われたことは大問題だ。警察官が記者を強制的に排除し、行動を制限した行為は報道の自由を侵害するもので、強く抗議する〉
しかし、事件そのものもさることながら、驚愕すべき事態がその後に待っていた。警察が記者を拘束するという報道の自由が脅かすこの大事件に対し、大手メディアはこれを完全に無視したのだ。
この事件を報じた沖縄以外のメディアは、ブロック紙である東京新聞が23日付の「こちら特報部」が〈警察 報道の自由侵害〉というタイトルで大々的に報道。あとは地方紙の信濃毎日新聞高知新聞が社説で事件を取り上げ、〈取材活動の妨害であり、見過ごすわけにいかない。(中略)経過を説明して責任の所在を明らかにするよう、政府に求める〉(信濃毎日新聞)などと政府の姿勢を糺した。
だが、その一方で大手メディアは 22日付で共同通信が短く報道したのみ。24日現在、読売や産経はいわずもがな、朝日や毎日までもが一行も記者拘束の事実を伝えていないのだ。
本来ならば、報道の自由を脅かす事件が起これば、保守もリベラルも関係なくペンで抗議を展開するべきだが、今回はそうした動きもなく、しかもリベラル寄りの朝日や毎日でさえ沈黙する。──これは一体、何を意味しているのか。
それは、“中央”のメディアがいかに沖縄を軽んじているという現実だ。いま、高江で起こっていることは、一地方の市民運動などではない。選挙によって再三示してきた「基地はいらない」という沖縄の民意に対し、時の政権が牙を剥き出しにし、ためらいもなく民主主義を徹底的に破壊しにかかるという、とんでもない暴走が繰り広げられているのである。
現に安倍政権は、約150人の住民しかいない村に全国から500人以上の機動隊を集結させ、米軍属による女性暴行殺人事件後の防犯パトロールとして派遣した防衛省の約70人の職員を高江の反対派市民の警備に就かせている。さらに抗議の現場では、昨日も70代の女性が押し倒され後頭部を打ち出血、救急車で搬送され、40代の男性は5〜6人の機動隊員に囲まれた挙げ句、公務執行妨害で逮捕された。他方、同じ日に安倍政権は参院選で落選した島尻安伊子前沖縄担当相を大臣補佐官に任命した。
公然と警察が暴力をふるい、不当な弾圧を続け、ついには報道の自由も認めない……。このように民主主義が奪われた“最前線”で何が起こっているのかを伝えないということは、結局、中央の大手メディアも政府と同じく「沖縄は我慢しろ」と強いている証左だろう。
昨年、菅義偉官房長官の質問の中で、時事通信社の記者がこんなことを言った。記者は、那覇空港第2滑走路建設事業の工期短縮に“協力しない”沖縄県議会を「国として見限っていいような気がする」「そんな連中はほっといてもいいと思う」と述べたのだ。
「そんな連中」「国として見限ればいい」。中央の大手メディアで胡座をかき、「公平中立」などと言いながら政権の顔色を伺う記者たちは、この時事通信社の記者と同じような気持ちで沖縄を捉えていたのではないか。だからこそ、報道の自由の危機にもっとも敏感に反応しなくてはいけない時に、ペンを握ろうとしない。それどころか政府と同調し沖縄いじめに加担する。そんなふうにしか思えない。
大手メディアのこうした態度もまた、この国がいかに民主主義の危機的状況にあるのかを伝えているのである。
(水井多賀子)