(余録)「日本語のすでに滅びし国に住み短歌詠み継げる人や幾人」… - 毎日新聞(2021年7月16日)

https://mainichi.jp/articles/20210716/ddm/001/070/114000c

「日本語のすでに滅びし国に住み短歌(うた)詠み継げる人や幾人」。台湾の医師で歌人の呉建堂(筆名・孤蓬万里(こほうばんり))の作品だ。旧制台北高校時代に和歌を始めた。呉が編さんした「台湾万葉集」は日本でも高く評価され、1996年に菊池寛賞を受賞した。
日本統治下で育った台湾人には、母国語同様に日本語を操る人が多かった。李登輝元総統もその一人だ。独立運動に関係して台湾を逃れ、日本を拠点に活動した邱永漢(きゅうえいかん)は55年に「香港」で直木賞を受賞している。
戦後75年を過ぎ、日本語世代はだんだんと姿を消している。呉が残した歌のように「日本語のすでに滅びし国」と思っていたが、全く新しいタイプの「詠み継げる人」が登場した。「彼岸花が咲く島」で芥川賞を射止めた台湾人作家の李琴峰(りことみ)さん(31)だ。
日本語を学び始めたのが15歳というから驚きだ。母国語以外の言語で選考委員をうならせる表現力を身につけるのは並大抵の努力では足るまい。李さんは「日本語に恋をし」、「血を吐く思いで辛うじて手に入れた」そうだ。
受賞作は日本と台湾の間にある島が舞台で周辺地域の言葉が混ざり合った「ニホン語」や「女語」など架空の言語が語られる。多様な視点を持つ外国人作家ならではの発想か。
村上春樹さんら海外で評価される作家は少なくないが、日本文学全体の広がりは限定的だ。日本語を操る外国人作家が少ないことも一因だろう。李さんの受賞が「日本語」の文学を世界に広げるきっかけになることに期待したい。