(余録)「部屋は全く静かだ。かすかな求職者のさざめきが聞こえる… - 毎日新聞(2020年4月5日)

https://mainichi.jp/articles/20200405/ddm/001/070/068000c
http://archive.today/2020.04.06-004011/https://mainichi.jp/articles/20200405/ddm/001/070/068000c

「部屋は全く静かだ。かすかな求職者のさざめきが聞こえる。電話が鳴った。新しい仕事だ。『チャンスをくだせえ』。事務員は2人選び出す。残り1000人の絶望的な人々が無言の訴えの中に凍りつく」
90年ほど前に大恐慌に見舞われた米国の職業あっせん所の様子である(秋元英一著「世界大恐慌」)。失業率は25%に迫って、1200万人以上が路頭に迷った。
その再来を思わせるコロナショックである。先週発表された米国の失業保険の申請数はリーマン・ショック時の10倍にも上った。4%台の失業率は大恐慌並みに悪化するとの見方がある。2%台の日本も、雇い止めが相次いだリーマン級の5%台になるとの予測もある。
政治に必要なのは、失業を防ぐだけでなく社会不安も鎮めることだ。大恐慌下の米国は銀行も傾いた。就任直後のルーズベルト大統領は銀行支援の決定と同時にラジオで国民に語りかけた。「お金は寝床の下より銀行に預けた方が安全と保証しますよ」。温かな口調が人々の心に響き、取り付け騒ぎどころか預金が増えたという。
トランプ大統領はいったんニューヨークを事実上封鎖する方針を打ち出したが、効果を疑問視する知事らの批判を浴びて直後に撤回した。大統領選へ指導力を誇示しようとして、混乱を招く始末だ。
安倍晋三首相も胸を張れまい。政府が今週にもまとめる経済対策は「緊急」と称しているが、日々の生活に困っている人に支援が届くのはまだ先だ。これでは不安は収まらない。