国際秩序の行方 富を分け合う思想から - 信濃毎日新聞(2020年1月3日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200103/KT200102ETI090004000.php
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この暮れも5人の子どもが死んだ。学校の近くが空爆された。
シリア北西部でアサド政権軍とロシア軍が反体制派最後の拠点に攻勢をかけている。寒さの中、この半月で23万人もが生命の危険から住まいを追われた。
トルコ国境へ向かっても追い返されるだろう。既に370万人のシリア難民を抱えるトルコは3カ月前にシリア北部に侵攻。クルド人勢力の掃討で新たな難民を生み、今も10万人が避難を続ける。
中東で民主化運動が連鎖した2011年の「アラブの春」で、オバマ政権は運動に賛意を示しつつ軍事介入は極力避けた。イラク戦争の泥沼を招いたブッシュ政権が反面教師だった。言葉で民衆を鼓舞したが、混乱は長く続き、今も血は流れ続けている。
米国は冷戦後に唯一無二のスーパーパワーとなった。その外交はリーダーが代わるたび、振り子のように左右に振れている。
トランプ大統領は振り子ごと地面に投げ付けたようだ。シリアでは「イスラム国」(IS)掃討に利用したクルド人勢力を見捨てる形で、軍を北部から撤収した。「ばかげた終わりなき戦争から手を引く」と、まるで人ごとだ。
「世界の警察官」はオバマ政権がやめると宣言した。ただ、自由や民主主義、人権を擁護する看板を捨て、自国の利益が世界を見る「クリアなレンズ」と言い切るトランプ氏に、世界は動揺する。

 

<これが米国の本音か>

「例外状況で本質は現れる」というドイツの政治学カール・シュミットの説を引いて、「今の姿こそ米国の本質だ」と経済学者の水野和夫法大教授は語る。
「米国第一が言わずもがなの時代、世界で一番強い米国が平和に責任を持つと言い、それが世界の常識だった。ところが台頭する中国を引き込めず、国家間の連合を主導しても利益にならない。米国にとって従来の支配が通用しない例外が生まれたために、隠れていた本質が見えている」
パリ協定、国連人権理事会、イラン核合意、ロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約―。この3年で自国の行動を制限する国際的な枠組みや合意からことごとく離れた。世界貿易機関WTO)も機能不全に陥らせている。
乱心に見える身勝手さも、トランプ氏の属人的な振る舞いとばかりは言えない。
国連の通常予算は米国が最大の22%を負担する。それは権利を生むのでなく、責任なのだという理解を米国は持ち得るだろうか。

 

<資本主義後の世界>

資本主義は終わりを迎えようとしている―。水野さんのこの指摘も否定しがたい。日本を筆頭に各国で超低金利が続く。これは資本を投じても利益を生むのが難しい時代の到来を意味する。成長を追求する国民国家の役割も終わることになる。国境を超えたグローバリズムは世界を豊かにしたが、格差は拡大してしまった。
世界はどこへ向かうのか。米国さえ手にできなかった世界の覇権は、どの国も求めまい。
「大きく見て、米国、EU、中国、ロシアが『閉じていく帝国』になる」。水野さんは、価値を共有する周辺国を従わせた「帝国」が分立して、自立可能なエリアへ閉じていく、とみる。米国によるメキシコ国境の壁は、分立到来の象徴のようだ。
世界大戦を導いたブロック経済を思い出すシナリオでもある。
今、世界の人口増加は減速している。資本主義や成長主義が収束すれば、地球規模の収奪も、利益を巡る争いも、かつてより和らいでいる可能性があるだろうか。

 

<期待は民主主義に>

成長なきポスト資本主義の世界に残る課題は、広がった格差の是正だ。少数が富を独占せず、公正な配分で中間層を再生する時に、民主的な政治システムが生きてくる。イデオロギーを問わずに成長できた時代の後に、民主主義が真価を問われることになる。
史上3人目の弾劾訴追もトランプ氏の支持率を下げない。共和党の結束は固く、11月の米大統領選は現状で優位とみられている。保護している製造業が復調しないので、番狂わせの可能性はある。それでも、民主党の大統領が世界を再び主導する保証はない。
力で主権をぶつけ合う外交では世界の未来を描けない。求められるのは、地球規模の課題を乗り越える脱国家の協調ルールだ。
民主主義も、平和で公正な社会を約束してはくれない。グローバリズムの痛みを成長時代への郷愁でごまかし、排他主義をあおり、「国家の主権を取り戻す」と叫ぶ政治家は世界中で増えている。
奪い合わず、富を分け合っていく思想を個々が持たねば、誰がリーダーでも「自国第一」の外交が民主的に選択され得る。
自らの利益のみを求めず、利害の調整と調和を望むか―。各国の有権者が試されている。