あすから新聞週間 他者への共感を育みたい - 毎日新聞(2019年10月14日)

https://mainichi.jp/articles/20191014/ddm/005/070/003000c
http://web.archive.org/web/20191014001949/https://mainichi.jp/articles/20191014/ddm/005/070/003000c

今年7月、京都アニメーション京アニ)放火殺人事件が発生した。36人の命が奪われ、本紙を含む報道各社が犠牲者の実名を報じた。
多くの遺族が実名の報道を拒んでいた。各社の報道に対し、批判の声が上がった。
事件報道において、犠牲者の実名を報じる意義とは何だろうか。
東京都目黒区のアパートで昨年3月、当時5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが虐待を受け死亡した。両親が保護責任者遺棄致死罪などに問われ、裁判所で審理が続いている。
結愛ちゃんは「もうおねがい ゆるしてください」と悲痛な手紙を残していた。それがあどけない写真とともに実名で報じられた。事件が大きな注目を集めたのは、こうした報道が影響しているだろう。
事件を受け、政府は児童相談所の職員を増員するなどの緊急対策を決定した。虐待防止の強化に向け関係する法律が改正された。
報道機関が事件や事故の犠牲者を実名で報道するのは、読者が具体的な人物像を思い浮かべて事件と向き合い、結果として社会が抱える問題を考えるきっかけになることを期待するからだ。「Aさん」という匿名では、実在の人物であるイメージがどうしても湧きにくくなる。
京アニの放火殺人事件でも、犠牲者の実名とともに、写真やかかわった作品、アニメにかける思いが報じられた。それは読者の悲しみや憤りの共有につながった。
事件の経緯で指摘しなければならないのは、被害者全員の実名発表が発生から40日後になったことだ。犠牲者の実名は通常、身元確認ができ次第公表される。京都府警は「事件の重大性」などを理由に早期発表を避けた。ただ、基準はあいまいだ。
今回の事件では、多くの現場記者が遺族の意向と、伝える役割との間で悩み、迷った。国民の納得がなければ、実名報道の原則も揺らぐ。
遺族の拒否感を生むものとして、メディアスクラム(集団的過熱取材)の問題が指摘される。今回は代表社が取材を行うルールを作った。遺族の負担を考慮し、検討を重ねる必要があるだろう。
今後も社会と対話し、他者に共感を広げる報道を模索し続けたい。