(余録)「災害後の何日かのあいだ… - 毎日新聞(2017年9月1日)

https://mainichi.jp/articles/20170901/ddm/001/070/144000c
http://archive.is/2017.09.01-010325/https://mainichi.jp/articles/20170901/ddm/001/070/144000c

「災害後の何日かのあいだ、日本国民をとらえた奇妙なパニックのことを指摘しなければなりません」。劇作家でフランスの駐日大使を務めたポール・クローデルは本国の外務省に関東大震災の報告をした。
放火や略奪の流言が飛び交う中でのことである。「人々は不幸な朝鮮人たちを追跡しはじめ、見つけしだい、犬のように殺しています。私は目の前で1人が殺されるのを見、別のもう1人が警官に虐待されているのを目にしました」
クローデルその人は当時の日本外交に同情的で、震災下でがまん強く救援をまつ日本の庶民には温かな視線を注いだ。その日本の友にして、日本政府の虐殺事件への声明が朝鮮人の非にも触れているのを「へたな説明」と切り捨てた。
関東大震災から94年となる防災の日である。10万人を超える震災の死者を悼む日だが、今年は小池百合子(こいけ・ゆりこ)東京都知事朝鮮人虐殺事件の犠牲者への追悼式典に追悼文を送るのをとりやめたという。追悼文送付は歴代知事の慣行だった。
背景には事件による犠牲者数をめぐる論議があったらしい。だが千人単位の虐殺があったのは国も認めるこの事件だ。災害と流言、偏見と民族差別が招いた痛恨の歴史的経験を軽んじるのが国際都市・東京のトップの名誉となるのか。
今や国政レベルでもキーパーソンとなった小池氏である。各国の外交団もその人となり、政治姿勢の分析を進めていよう。ならばこの一件、本国への報告にどう記されているのか。のぞけるならばのぞきたい。