急転換の安保政策 9条の理念に立ち返って - 信濃毎日新聞(2019年5月4日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190504/KP190502ETI090008000.php
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130億ドルもの財政支援をしたにもかかわらず、国際社会からの評価は低く、「少なすぎる、遅すぎる」と非難された―。
外務省の「湾岸トラウマ(心的外傷)」は、その後の日本の安全保障政策に影響したとされる。
湾岸戦争でのことだ。1990年8月にイラククウェートに侵攻、翌年1月に米軍中心の多国籍軍空爆を始めた。日本は米国から人的貢献を迫られたものの、自衛隊を派遣できなかった。
それから30年近くたち、自衛隊の海外での活動は今や常態化している。平成は、日本の安保政策が急カーブを描いた時代だった。

<初の「戦地」派遣も>

91年の停戦後、機雷を除去するためペルシャ湾海上自衛隊の掃海艇を派遣した。92年には国連平和維持活動(PKO)協力法が成立し、カンボジアでのPKOに自衛隊が初参加した。
2001年9月の米中枢同時テロで任務はさらに広がる。10月に米軍などの軍事行動を後方支援するためのテロ対策特別措置法が成立した。03年のイラク復興支援特別措置法では陸上自衛隊が南部サマワに送られ、航空自衛隊多国籍軍の物資輸送などを担った。
初の「戦地」派遣となったイラクで生じた問題は多い。自衛隊の活動範囲は「非戦闘地域」とされたものの、宿営地や周辺に迫撃砲などによる攻撃があった。派遣の正当性に疑問が残ったままだ。
名古屋高裁は08年、空自による武装兵員の空輸を「他国による武力行使と一体化した行動」として憲法違反との判断を示した。
開戦の大義名分とされた大量破壊兵器は見つからず、根拠とした情報が誤りだったと分かったものの、政府は開戦支持について十分な検証、総括もしていない。

<日米一体化が加速>

自衛隊の活動拡大とともに日米の軍事面での一体化が進んだ。
日本と極東の平和、安全を守ることが目的だった日米安保条約の位置付けは、96年の日米安保共同宣言で「アジア太平洋地域」の安定に広げられた。2015年に改定された日米防衛協力指針(ガイドライン)では、米軍との協力が地球規模に拡大されている。
12年に安倍晋三首相が返り咲いて以降、安保政策の転換が加速した。外交・安保政策の司令塔となる国家安全保障会議(NSC)を設置、米国などとの情報共有のために特定秘密保護法を制定するなど矢継ぎ早に実行した。
集団的自衛権の行使容認に踏み切ったのは14年だ。日本が攻撃された場合に限っていた武力の行使を、米国など密接な関係にある他国が攻撃されて日本の存立が脅かされる場合にも可能にした。
安保関連法の制定で自衛隊の活動は大幅に広がっている。イラクのような特措法を作らなくても随時、海外派遣できる。「非戦闘地域」の考え方もなくした。
施行から3年余、政府は運用を本格化させている。平時から米軍艦艇などを守る「武器等防護」は18年に16件行った。17年の2件から急増した。新設した「国際連携平和安全活動」を初適用し、エジプトのシナイ半島に11月末まで陸自幹部自衛官を派遣する。
日米の一体化は新たな領域にも広がる。先月、両政府は外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を開き、宇宙やサイバー空間での連携強化を柱とする共同文書を発表した。ロシアや中国が念頭にある。
米政府は中ロが開発する新型兵器を「新たな脅威」ととらえ、対抗するため宇宙配備型の迎撃システムの実現を目指すという。際限のない軍拡競争につながりかねない。米国の戦略に日本が組み込まれていく懸念が募る。

専守防衛を旨とし>

戦後の日本は戦争放棄、戦力不保持を定めた憲法日米安保自衛隊との整合性を取ることに腐心してきた。安倍政権は日米同盟強化への傾斜が著しい。必要最小限度の実力組織とされてきた自衛隊の変質が進む。
海外派遣だけでなく、自国の防衛についても、これまで守ってきた一線を踏み越えつつある。
防衛予算は年々増え、装備増強が図られている。事実上の空母保有に向けて海自護衛艦の改修にも乗り出す。従来、保有できないとしてきた「攻撃型空母」には当たらないとする。どう言い繕ってみても他国を攻撃できる能力を持つことに変わりはない。
第2次大戦で国内外に甚大な犠牲や苦痛を強いた反省から、戦後の日本は「専守防衛」を旨として近隣に軍事的な脅威を与えない抑制的な姿勢を取ってきた。時代が変わっても揺るがすことのできない基本方針である。
集団的自衛権の解禁をはじめ専守防衛は、かつてとは異質のものになっている。原点を見つめ直す必要がある。9条の下、安保政策や国際貢献はどうあるべきか、探り続けなくてはならない。