あすへのとびら 子どもの虐待死 「親権の壁」なくすには - 信濃毎日新聞(2019年3月17日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190317/KP190316ETI090007000.php
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父親の強硬な態度に、腰の引けた対応を重ねた学校と教育委員会児童相談所も押し切られるように子どもが自宅に戻ることを認めた。そして、「しつけのため」だとする暴力によって小さな命は奪われた―。
千葉の小学4年生、栗原心愛(みあ)さんが父親から虐待を受けて亡くなった事件は、「親権」とは何かをあらためて考えさせる。いったいそれは誰のためのものなのか。
明治に制定された民法は、家父長制の下で親の強い権限を認めた。以来、戦後の現憲法の下でも、親権に関わる規定はほぼそのままの形で残されてきた。
親は子の監護と教育をする権利を有し、義務を負うと定められ、さらに親権には「懲戒権」が含まれる。監護と教育に必要な範囲内で子どもを懲らしめることができるとする規定である。
2011年の民法改正でようやく、親権の考え方は大きく転換する。「子の利益のため」に行使することが条文に明記された。親権の実質は、養育を受ける子どもの権利にあり、親にとっては子どもに対する義務だと明確に捉え直されたことを意味する。
子どもの権利条約の考え方を反映した改正である。国連で1989年に採択され、日本は94年に批准した。子どもの権利を保障し、常に最善の利益が考慮されなければならないと定めている。

<不徹底な民法改正>
ただ、法改正の趣旨が徹底されたとは言えない。懲戒権は削除されなかった。「子の利益のため」が前提になり、事実上、形骸化してはいる。それでも、条文がある限り、暴力を正当化する根拠として持ち出される余地は残る。
親だからといって、子どもを思うがままにできるわけではない。子どもは親の従属物ではない。大人と同じように、一個の人格を持つ権利の主体として尊重されるべき存在だ。
一方で、親権は長く、ことのほか強大なもののように捉えられてきた。見えない「親権の壁」はいまだに厚く、虐待から子どもを守る妨げになっている。
一人一人の意識に根差したこの壁を取り払い、親権は子どものためにあるという認識を広く社会で共有していきたい。そのためには、もう一歩踏み込んだ法の見直しが必要だろう。
懲戒権を削除するとともに、親権という言葉自体を変えてはどうかと弁護士の池田清貴さんは話す。ドイツは79年に旧来の親権を廃止して、子どもに対する「親の配慮」に改めている。

<頼り合える社会へ>
虐待は子どもの人権の重大な侵害である。児相には子どもを守るための強い権限が与えられている。家庭への立ち入り調査も、職権で一時保護もできる。かつては、親の意に反して引き離すことは少なかったようだが、子どもの安全確保を最優先する考え方に転換が図られて久しい。
2000年には児童虐待防止法が施行され、児童福祉法の改正も重ねられて児相の権限は拡充されてきた。市町村や学校、警察など関係機関との連携も強化されている。それでも、虐待によって命を落とす子どもは絶えない。
生活の困窮、社会からの孤立、親自身が虐待されてきた過去…。子どもへの暴力や育児放棄の背後には複雑な事情が絡み合っていることが多い。追い詰められた先に、虐待は起きてくる。
全国の児相が17年度に対応した虐待の相談は13万件余に上った。職員の児童福祉司は平均で一人50件ほどを担当するという。人によっては100件を超す。
個々の事例に丁寧に対応する時間や気持ちの余裕を持ちにくく、現場の疲弊は深い。児相の人員を確保するとともに、親と子を身近で支援する市町村の態勢を拡充して役割分担を進め、過重な負担を減らす必要がある。
強制的な権限行使にあたっての司法の関与を強めることも重要だ。児相の判断の後ろ盾になるとともに、適正な手続きを保障する上で欠かせない。
かつて当たり前にあった地域の人のつながりは薄れ、誰に頼ることもできずに子どもを抱えて困り果てている親は少なくない。子育ては、うまくいかないこと、思うに任せないことの連続だ。
思わず怒鳴ってしまったり、かっとなって手を上げたりした経験は、親なら誰しもあるだろう。虐待は自分とは無関係なところで起きているのではない。
子育ての責任を親だけに押しつける社会であってはならない。虐待を防ぐには、困難を抱える親に手を差し伸べ、支援につなげていくことが何より大切になる。
つらさを抱え込まず、助けてと声を上げ、頼り合える社会をどうつくっていくか。そのために何ができるかを足元から考えたい。