週のはじめに考える 分断は連帯を恐れる - 東京新聞(2019年3月17日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019031702000143.html
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格差が人々のつながりを分断しています。トランプ米大統領の登場も分断に深く関わっている。資本主義の暴走がこの現実を引き起こしたのでしょうか。
一九九九年秋、オーストリアで極右の自由党が選挙で第二党となり翌年与党になった。ハイダー党首(故人)はナチスを持ち上げる発言で物議を醸していました。
当時、ウィーンに駐在していました。なぜ人々は極右政党を支持したのか。
自由党に投票したウィーン大の学生は「暮らしに不満を持つ普通の人々が入れた。ナチスが好きだからではない」と答えました。

◆分断の芽は20年前に
オーストリアでは、経済界をバックにした国民党と、労働組合に支えられた社会民主党が長く大連立を組んでいた。
二大政党から見捨てられたと感じた人々が、大衆迎合的な公約を掲げる自由党に投票。移民増加への不安がその後を押す-。現地での分析です。
選挙後、国民党が自由党との連立を選択した。この連立与党はいったん解消したが、一昨年から復活しています。
不満を抱えた人々が心地よい政策に惹(ひ)かれ、排外主義が台頭する。最近の米国や英国に似ていないでしょうか。分断の芽は二十年前姿を現していた-。
トランプ氏に投票したのは主に白人の低所得者層といわれています。有権者の多くが対立候補ヒラリー・クリントン氏の背後に金融の中心地、ウォール街の影を見て嫌悪したとの指摘があります。
二〇〇〇年代以降、米国の金融市場では投資家集団の力が顕著になりました。富裕層は市場を通じて財産を増やし、協力した金融界のエリートたちは、莫大(ばくだい)な分け前を得ました。

◆不公平感 頂点に達す
〇八年、リーマン・ショックが起きる。巨額な退職金をもらって逃げる金融界の幹部たち。市民の怒りは頂点に達しました。
危機後、台頭したのはGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・コム)など巨大IT企業です。ITには国境がなく彼らの国家への意識は希薄にみえます。今度は巨額節税に対して強い批判が起きています。
金融とIT。二大勢力に対し多くの人々が抱く思いは「不公平」でしょう。この感情が、英米での投票結果やフランスの抗議デモを起こした震源ではないか。
米国の経済学者でクリントン政権の労働長官を務めたロバート・ライシュ氏は、自著「最後の資本主義」(東洋経済新報社)で、「『自由市場』か『政府』かという選択が重要なのではなく、人々が幅広く繁栄を分かち合うように設計された市場か、ほぼすべての利益が頂点にいる限られた人々に集中するように設計された市場かという選択が重要なのだ」と指摘しています。
金融界では、国の介入が健全な資金の循環を妨げるとの根強い意見があります。市場の自由な動きに任せるか、国が管理すべきかは常に議論の的です。
だがライシュ氏はその議論こそが「本質を隠す」と警告する。本来国家がつくった市場に制御機能があるのは当然だと主張します。
彼は、自由市場論者の狙いは、巨大資本の都合のいいようにルールを変えることだと看破する。資本側は政治力を駆使して国の干渉を巧みにかわし、富の独占に走ると疑います。
自由市場では、強者である資本家たちは貧しい人々に目もくれず稼ごうとします。マネーという獲物を狙う本能だけが支配する容赦なき世界です。
そこで出番なのが国による制御です。偏ったルールをただし、所得の著しい格差は税制で調整する。しかし資本側の影響力が増すと制御機能はなんなく低下し、強者の論理に歯止めがかかりにくくなります。
日本では金融や巨大ITの支配は目立っていない。バブル崩壊の影響で両者の膨張が偶然、抑えられたのかもしれません。
ただ足元では、非正規労働は増え、職場のブラック化が加速し、格差は拡大しながら再生産されています。分断は社会の中に網の目のように広がっています。しかし辛抱強い人々の沈黙は続く。

◆知恵を出し 声上げる
今こそ、つらい日々を過ごす人々の連帯が必要ではないか。連帯は政治意識を高め、投票につながり、政策を動かします。
主張を述べ合う集会や読書会、新聞などメディアを使った問題提起…。つながる手法はさまざまです。有権者の動きに敏感な政治家たちは必ず反応するはずです。
自分の中に閉じこもらず手をつなぐ。知恵を出し合い声にする。分断は普通の人々の連帯を最も恐れています。