核軍縮の破棄 歴史に逆行する愚行 - 朝日新聞(2018年10月23日)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13735533.html
http://archive.today/2018.10.23-002005/https://www.asahi.com/articles/DA3S13735533.html

核戦争の恐怖と隣りあわせに暮らした冷戦時代に時計の針を戻すつもりなのか。トランプ米大統領が、核戦力を縛る条約の一つを捨てる決定をした。
INFと呼ばれる中距離核戦力の全廃を決めた条約である。1987年に当時の米国とソ連が結んだ史上初の核兵器削減条約であり、冷戦の終結を予感させる歴史的な合意だった。
核大国の米国は、核の広がりを防ぐ国際条約により核軍縮の義務を負っている。それが逆に核軍拡へかじを切るのは愚行というほかない。
トランプ氏は、ロシアの側に非があると主張している。オバマ前政権の時から、ロシアは条約違反の巡航ミサイルを開発・配備していたという指摘だ。
ロシアの兵器開発に問題があるなら、条約を盾に圧力をかけて変更を迫るのが筋だ。貴重な取り決めの性急な破棄は、ロシアのさらなる開発と配備を許す逆効果をもたらすだろう。
INF条約は、旧ソ連の中距離ミサイルが届く西欧の安全を念頭に作られた。特定の射程を持つ地上発射型だけを対象とするのは、今の時代としては内容の狭さが目立つのも事実だ。
トランプ氏は、中国の急速な核強化にも言及した。今では、インド、パキスタンなども核保有し、国際条約に縛られていない核開発が進んでいる。
しかし、その問題をただす道は、対抗的な核軍拡ではない。たとえ不十分ではあっても核開発にブレーキをかけてきた既存の枠組みや条約を土台に、核兵器の役割と数量を減らす規制を拡張していくことが重要だ。
07年にシュルツ、キッシンジャー両元米国務長官らが提唱した通り、核の力で安全を守るという抑止論は脱却するときだ。偶発的な衝突や判断ミス、核の流出のおそれ、経済的負担などを考えれば、核に依存する世界は危うい。
米国の取るべき道は、ロシアとともに、中国なども巻き込んだ実効性のある核軍縮の枠組みづくりや信頼の醸成である。
米ロの間にはまだ、大陸間弾道ミサイルなどを対象とした新戦略兵器削減条約がある。21年の期限切れをにらみ、延長の交渉が続いている。この対話の場も生かして、両国だけにとどまらない核軍縮の道筋を探らねばならない。
戦争被爆国の日本にも責務がある。北朝鮮問題を含め、今のままではアジア太平洋は核がひしめく危険地帯になる。安倍首相は、トランプ、プーチン習近平(シーチンピン)各氏との会談の機に、核軍縮の重要性を説くべきだ。