木村草太の憲法の新手(85)「辺野古」承認撤回 普天間返還の条件未整備 国に重大な責任問題 - 沖縄タイムズ(2018年8月5日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/294034
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7月27日、翁長雄志沖縄県知事が、辺野古埋立承認処分を撤回する方針を表明した。既になされた行政処分の効力を失わせる方法には、(1)取消と(2)撤回の二つがある。

このうち、(1)取消は、行政処分に「当初から」問題があった場合に、その行政処分の効力を失わせる。2015年10月、翁長知事は、当初から公有水面埋立法上の要件を満たしていなかったことを理由に、辺野古の埋立承認を取り消した。しかし、最高裁は16年末、取消を違法と判断し、埋立承認分を復活させた。
これに対し、(2)撤回は、「行政処分後」に生じた事情を理由に、行政処分の効力を失わせる。一般に、「利益を与える処分」を撤回すると、受益者に不利益となるので、撤回は慎重に行わねばならない。しかし、受益者自身に問題があった場合などは、処分撤回も許容されると考えられている。受益者の落ち度を理由に受益処分の撤回を認めた最高裁判決も存在する。
では、翁長知事の撤回について、埋立の受益者たる国に落ち度があるといえるか。沖縄県が国側(沖縄防衛局)に送付した聴聞通知書には、さまざまな理由が指摘されているが、今回は、政府の普天間基地返還の可能性に関わる説明について着目したい。
防衛省の説明によると、辺野古に新設する施設は滑走路の長さが不十分で、これまで普天間基地で行っていた活動に支障が生じる可能性があるという。このため、「普天間飛行場代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善」が、普天間基地返還の条件となっている。

昨年6月6日の参議院外交防衛委員会で、稲田朋美防衛大臣(当時)は、次のように発言した。緊急時の民間施設の使用について、「現時点で具体的な内容に決まったものがないため、米側との間で協議、調整をしていく」必要がある。「仮に、この点について今後米側との具体的な協議やその内容に基づく調整が整わない、このようなことがあれば、返還条件が整わず、普天間飛行場の返還がなされない」。
稲田大臣は、「そういったことがないようにしっかりと対応をしていく」と補足したが、辺野古新基地が完成しても、普天間基地が返還されない可能性があることを認めた点に変わりはない。
そもそも、辺野古の埋立は、普天間基地返還のための事業だったはずであり、稲田大臣の説明は、埋立承認の大前提を掘り崩すものだ。そうすると、埋立承認を撤回した上で、普天間基地返還計画が実現可能なものかを改めて検討すべき、との沖縄県の主張には、十分な合理性があるように思われる。
また、工事が着工されるに至っても、未だ普天間基地返還の条件を整えられていないことは、事業者としての国の重大な責任問題だ。法律論としても、受益者たる国の落ち度を理由とした撤回を適法とする論理は、十分に成り立ち得るように思う。

埋立承認撤回のニュースは、沖縄県内では注目されたが、県外ではあまりに扱いが小さい。米軍基地は、日本全体の安全保障と地方自治に関わることであり、国民全体で関心を持たねばならない。(首都大学東京教授、憲法学者

お知らせ 本コラムを収録した書籍「木村草太の憲法の新手」(沖縄タイムス社、1200円)は、県内書店で販売されています。

木村草太の憲法の新手

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