「教科書が読めない」子どもたち 教育現場から見えた深刻な実情 - AERA dot.(2018年4月15日)

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子どもたちは想像以上に文章を理解できていない。「だが、解決策はあるはずだ」。教育の現場では、対策が始まっている。

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「うちの子、算数の計算問題はできるけど、文章題はだめで」
この傾向は、おそらく多くの親が実感しているのではないだろうか。しかし、なぜ文章題ができないのか。それを明らかにしたのが、国立情報学研究所新井紀子教授が開発した、基礎的読解力判定のリーディングスキルテスト(RST)だ。
RSTは、生活体験や知識を動員して、文章の意味を理解する「推論」、文章と、図形やグラフを比べて一致しているかどうか認識する「イメージ同定」、国語辞典的、あるいは数学的な定義と具体例を認識する「具定例同定」など、読解力を6分野に分け、その能力を問うものだ。
このテストをいち早く取り入れたのが、戸田市(埼玉県)教育委員会だ。教育政策室指導主事の新井宏和さんは、その経緯を次のように語る。
全国学力・学習状況調査の活用問題が解けるような子どもたちにしたかった。幸いにも新井教授と戸田市の戸ケ崎勤教育長が知り合いで、教育長がRSTに高い関心を示し協力して取り組むことになりました」
テストは2015年から段階的に実施され、17年は市内の全中学生と、小学6年生全員の4500人が参加した。問題は、国立情報学研究所特任研究員の菅原真悟さんの指導のもと、市内の小中学校の教員が作成した。戸田第二小学校研究主任・狗飼英典(いぬかいひでのり)教諭は言う。
「夏休みや放課後を利用し、中学生の教科書などを参考にして作りました。教員にとっても初めての経験でしたから、どういう問いを立てたら答えにたどりつくのか、試行錯誤の連続でした」
テストの結果は、イメージ同定、推論、具体例同定の正答率が半分に達せず、想像以上に子どもたちが文章を理解できていないことがわかった。
「今まで教科書は読めて当たり前で、その前提で授業を進めていた。教科書が読めていないという事実は、衝撃的でしたね」(新井主事)
さらに担当者を混乱させたのが、その分析結果だった。学力テストとの相関関係を調べたところ、学力の高い児童・生徒がRSTの点数も高いわけではなく、関連を示すことができなかった。
「RSTが低いのに、なぜテストでは問題が解けているのか。問題のパターンを暗記して解いているのではないかと思われるのです。今の時点ではよくても、将来つまずくのではないか。小学校から読解力のスキルをつけていかなければ、と感じました」(同)
2年連続でテストに参加した戸田第二小学校も、意外な結果が出た。小高美惠子校長は言う。
「本校は学力調査では全国平均を上回っていたので、RSTも高い点数を出すと思っていたのですが、思った以上に低かった。特に推論とイメージ同定が弱かったですね」
同校も学力テストの結果とリンクせずに、なぜこのような成績が出たのか分析できないでいる。ただし現場に立つ教員として、感覚的に理解できる点もある、と狗飼教諭は言う。
「たとえば、コミュニケーション力が足りていない児童の推論の点数が低いなど、能力や性格的な面が、RSTの結果に表れているような印象を受けました」
子どもの読解力やコミュニケーション力に異変が起きている。その原因は何なのか。気になる調査結果がある。カギとなるのは、10年以降急速に普及し、内閣府の調査で今や青少年の約6割が使用しているスマートフォン。これが、言語機能やコミュニケーション機能をつかさどる脳の前頭前野に悪影響を与えている可能性があるというのだ。
調査を行ったのは、ニンテンドーDS用ソフト「脳トレ」シリーズの監修者としても知られる東北大学川島隆太教授だ。仙台市立小中学校の児童・生徒7万人を対象に追跡調査した結果、スマホの使用で明らかに学力が低下し、使用を中止するとまた学力が向上するということが分かった。
なかでも、LINEなどメッセージアプリの影響が大きく、17年度の調査では、LINEなどを全く使用していない生徒の4教科の平均偏差値が50.8なのに対し、使用時間の長さに応じて偏差値は下がっていき、1日4時間以上使用している生徒の偏差値は40.6。実に10以上の差がついてしまった。川島教授によると、学習時間は十分にあっても、友人とメッセージをしながら……といったマルチタスク化が進むことで集中力がそがれ、勉強の効率が落ちてしまったことが要因の一つと考えられるという。
さらに恐ろしいことに、スマホを長時間利用すると、読書をした時に活発に働く前頭前野に、安静にしている時よりもさらに働かなくなる「抑制現象」が起き、健常児でも言語機能の発達に遅れがでることがあるらしい。この抑制現象はテレビやゲームを長時間利用した時にも起こるという。
スマホはお酒と同じで、『利用時間を1時間以内に留める』など、自制心を持って利用すれば悪影響は出ないことも分かっています。ただ、それは大人でもかなり難しいことだと思います」(川島教授)
相手の気持ちを思いやった上で言葉を発したり、試行錯誤したり、新しいアイデアを発想したり……。前頭前野が担うのは、AIが苦手で、かつ人間が得意とする「思考」や「発想」だ。AI時代を生き抜くために最も必要とされる能力が、スマホやテレビ、ゲームといった、かつて人が生み出した機器によって衰えつつあるとしたら何とも皮肉だ。
とはいえ、悲観してばかりもいられない。教育現場も動きだしている。前出の狗飼教諭はRSTの結果を受けて、授業にも一工夫、加えるようになった。
「従来なら、この資料から読み取りなさいという問いを、複数の資料を見せて結果を先に提示し、なぜそうなったのか、道筋を考えさせるような授業を取り入れています」
今後は学校の教員全員で研修をしながら、読解力をつけるための授業のあり方を模索していきたいという。小高校長は言う。
「昔から読解力の重要性は認識され、読書や作文が推奨されてきましたが、そもそも読解力とは何かという視点で分析されたことはなかった。RSTで6分野の視点を得たことは、授業改善のきっかけになる。分かった以上、逃げられないですね」
本物の読解力や思考力を養うためには、家庭教育も重要だ。AIに詳しいメタデータ社長の野村直之さんは、膨大なデータを扱うのが得意な一方で発想の転換や真偽の解明が苦手なAIを扱える人材になるためには、「なぜ」を問える力を幼いころから養うべきだと指摘する。
「『なぜ宿題を忘れたの!?』などと『なぜ』を叱責に使う親が多いようですが、良くないと思います。むしろ、子どもの素朴な『なぜ』に答えてあげたほうがいい。そういう大人が身近にいれば、AIが決して太刀打ちできない、情操豊かで、今日のAIが苦手な論理を駆使できる人間に育つはずです」
『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』などの著書がある東北福祉大学の西林克彦さんも、一歩進んだ読解の訓練が必要だと説く。西林さんによると、読解力は知識に偏る面もあり、興味があったり、新鮮に感じる内容の文章は注意深く読める一方、表面的に「分かったつもり」の文や興味のわかない文は読み飛ばしたり、誤読をしたりする傾向があるという。自らの思い込みを疑い、もっともらしく書かれている部分は特に注意するという読み方も必要だ。西林さんは言う。
「読解とは文章の意味を理解すればいいものではなく、書いてある内容を知り、世界に迫るための道具です。『感想主義』に偏りがちな小学校、指示語の抜き出しなど構造理解を問う中高の国語教育だけでは、本物の読解力は養われにくい。文章を読んで理解した上で、知識として再構築する訓練をする必要があります」

(編集部・市岡ひかり、小柳暁子/ライター・柿崎明子)