(余録)電力王と呼ばれた昭和財界の重鎮… - 毎日新聞(2018年3月21日)

https://mainichi.jp/articles/20180321/ddm/001/070/163000c
http://archive.today/2018.03.21-003632/https://mainichi.jp/articles/20180321/ddm/001/070/163000c

電力王と呼ばれた昭和財界の重鎮、松永安左エ門(まつなが・やすざえもん)が若い役人に脅されて平謝りした事件がある。2・26事件後の官僚統制に腹を立てていて、ある座談会で「官吏は人間のクズだ」と口をすべらせたのである。
これを聞いた内務官僚で、長崎県水産課長だった32歳の男が「陛下の忠良な官吏」を侮辱したと憤激する。ついにピストルを持ち出して松永に謝罪を求め、謝罪の新聞広告掲載や神社への寄付をさせたが、当人は罪に問われなかった。
「日本の近代13 官僚の風貌」(水谷三公(みずたに・みつひろ)著)はこれを統制経済下の「ピストル官僚の横行」と紹介している。こんな役人はごめんだが、「国民に忠実な官吏」としての気概ならもう少し持ってはどうかといいたくもなる昨今である。
財務省の文書改ざんで騒然とする中、今度は文部科学省前川喜平(まえかわ・きへい)・前事務次官の中学校での授業内容の報告を名古屋市教委に求めた一件が波紋を呼んだ。背後に自民党議員がいて、市教委への質問内容にまで口をはさんでいたのだ。
つまりは国の機関を使っての教育現場への政治介入である。文科省の質問が居丈高(いたけだか)で、陰湿なのも、それで分かった。前川氏たたきが政権への忠義立てだったのなら、これ以上ないタイミングで政権の足を引っ張ったのが皮肉である。
この話の救いは授業の録音の提出などを拒み、やんわりと筋を通した教育現場のみごとな対応だった。政権と与党の顔色ばかりうかがっている中央官僚の目にはまぶしかろう、成熟した市民社会の良識である。