(余録) 楚(そ)の国では車で王宮の内門に入るのは禁じられていた… - 毎日新聞(2020年2月28日)

https://mainichi.jp/articles/20200228/ddm/001/070/080000c
http://archive.today/2020.02.28-004756/https://mainichi.jp/articles/20200228/ddm/001/070/080000c

楚(そ)の国では車で王宮の内門に入るのは禁じられていた。ある日、王に呼ばれた太子(たいし)が大雨による冠水を避けて馬車で内門に入ると、これをとがめた役人が馬車を壊してしまう。太子は父王に役人の処罰を求めた。
だが楚王は「これぞ法を守る臣だ」と太子や自分の権力を恐れない役人を昇進させた。法こそが国の根本と説く古代中国の「法治」の書「韓非子(かんぴし)」にある説話である。楚王はどうやら役人のそんたくを求める人物ではなかったようだ。
こちらの話はどう後世に伝えられるのか。小欄で以前ふれた東京高検検事長の定年延長問題だが、またもや安倍政権お約束の展開となった。事の真相をたどると、本来あって当然の記録文書がないグレーゾーンに行き着くパターンだ。
定年延長を認める法解釈変更は口頭で決裁したと法相はいう。他ならない法相が法の制約を勝手に取り払う変更を記録文書も残さずに行って「法治」といえるのか。この解釈変更で人事院が日付のない文書を出してきたのも変である。
従来の解釈では認められぬ定年延長を検事総長人事への政権の介入とみる野党は、法相や人事院の説明の矛盾点の追及を緩めそうにない。もちろん違法行為があればどんな権力者も訴追する検察官の政治的中立は「法治」の柱である。
記録文書のないグレーゾーンを駆使する政権の得意技だが、それがこの国の「法治」への国民の信頼を根本から揺さぶりかねない今回だ。ちなみに先の「韓非子」が書かれたのは2200年以上前である。