木村草太の憲法の新手(72)デマとの対峙 真実曲げる主張、検証が重要 受け手は見極める力を - 沖縄タイムズ(2018年1月21日)

http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/198023
http://web.archive.org/web/20180121035648/http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/198023

昨年12月7日、宜野湾市の緑ヶ丘保育園に米軍機の部品とみられる物品が落下した。沖縄県警は、それが空からの落下物だと認めている。米軍の正式回答はいまだないようだが、米軍機からの落下物であることを否定するのは難しい状況だ。にもかかわらず、保育園には「自作自演」「でっち上げ」といった誹謗(ひぼう)中傷の電話やメールが相次いだ。
同月13日には、普天間第二小学校に米軍ヘリの窓が落下した。米軍も、即座に米軍機からの落下物であることを認めている。それでも、小学校や教育委員会などに、「やらせ」だとの電話が相次いだ。インターネットには、「基地反対派が過去に小学校の移設を止めさせた。落下物の被害も自業自得だ」といったデマが流れている。
確かに、同校は1980年代から移転計画が検討された。しかし、本紙で検証されたように、計画が挫折したのは、資金不足・土地不足と日米両政府の支援の弱さが理由だ。
きちんと報道を見ていれば、保育園や小学校に何ら非がないのは明白だ。今回の事件にまつわるデマや中傷は、あまりにもばかげている。こうしたデマを信じるのは、真実を尊重する姿勢に欠ける。
なぜ真実をまげて、罪なき人々を非難するのか。映画「否定と肯定」を見ると、その背景には、差別感情があることがわかる(県内では、1月27日から那覇市桜坂劇場で公開)。
この映画は、実際にイギリスで争われた訴訟に基づいている。主人公デボラ・リップシュタットは、アメリカのホロコーストユダヤ人大量虐殺)の研究者だ。彼女は著書『ホロコーストの真実』の中で、イギリスの作家デイヴィッド・アーヴィングを「ホロコースト否定者だ」と指摘した。これに対し、アーヴィングは、彼女を名誉毀損(きそん)で訴えた。
アーヴィングは、アウシュヴィッツの生存者に対し、「その刺青でいくら稼いだんですか?」などと侮蔑を繰り返し、人種差別主義者の間で人気者になっていた。著書では、さまざまな史料のミスリード、ドイツ語の誤訳で、ホロコーストを否定した。その態度は、真実を探究する歴史家ではなく、ユダヤ人を侮辱できれば何でもありと考える差別主義者だ。
落下物の犠牲者に罵倒を浴びせる人々の姿は、アウシュヴィッツの生存者を嘲笑するアーヴィングの姿に重なる。こうした人々と、どう対峙(たいじ)すべきか。
リップシュタット教授は、否定論者の主張を丁寧に検証し、誤りを指摘することが大事だという。本紙の普天間第二小学校移設断念の経緯の検証も、デマの検証として読み応えのある特集だった。
ただし、デマを検証するときには、否定論者と同じ土俵に立ってはいけない。テレビなどで歴史学者と否定論者が対等に論争すれば、「どちらも傾聴に値する一つの立場だ」と思われてしまう。
もちろん、多様な視点から物事を考えることは重要だ。しかし、安易な両論併記は、デマと真実を区別しない態度であり、差別を助長する。メディアには、真実に対する矜持(きょうじ)が必要だ。そして、情報を受け取る側には、真摯(しんし)な報道と、差別心に満ちたデマとを見極める力が必要だ。 (首都大学東京教授、憲法学者