憲法改正で「困難な課題」克服?首相メッセージ読み解く - 朝日新聞(2017年5月19日)

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憲法9条自衛隊の存在を明記し、五輪が開催される2020年に改正憲法の施行をめざす――。憲法施行70年の節目にメッセージを打ち出し、憲法改正に向けアクセルを踏み込んだ安倍晋三首相。だが、メッセージを子細に読むと、疑問点や矛盾点が浮かぶ。憲法は理想を書き込むものなのか。憲法を変えれば、日本が抱える「困難な課題」は解消するのだろうか。

改憲目的、「未来」全面
改憲の自己目的化だ」「高等教育の無償化は、憲法問題ではなく、政策判断」。18日の衆院憲法審査会。野党の批判は、安倍晋三首相の憲法改正への姿勢そのものに向けられた。「口を開けば言う(改憲)条項が違う。レガシー(遺産)のために改憲したいのではないか」(蓮舫民進党代表)という疑念が広がる。
首相は、少子高齢化、経済再生、安全保障環境の悪化など「我が国が直面する困難な課題」に立ち向かい、未来への責任を果たすために憲法改正が必要だと主張する。だが、憲法自衛隊を明記したり、教育無償化を規定したりすることがなぜ「困難な課題」の克服につながるのか、具体的には語られない。
メッセージには「未来」が10回出てくる。コラムニスト小田嶋隆氏は、「未来=新憲法」を全面に打ち出し、東京五輪と合わせて「日本が新しく生まれ変わる」という空気感を演出しているとみる。「せっかく引っ越したんだから新しい冷蔵庫を買いましょうよ。まったく論理的ではないが、気分的にはわかる。雰囲気で改憲まで持って行こうという狙いでは」
国民の共感は広まるのか。朝日新聞が今月13、14日に行った世論調査で「首相に一番力を入れてほしい政策」を聞いたところ、「社会保障」が29%、「景気・雇用」が22%。「憲法改正」は5%にとどまった。

■五輪の政治利用たびたび
首相は、東京五輪パラリンピックが開催される2020年を「新しい憲法が施行される年にしたい」とも宣言した。五輪に関連づける安倍首相の言動は、これまでもたびたび注目を浴びてきた。
五輪招致を決めた13年の国際オリンピック委員会総会では、東京電力福島第一原発の汚染水問題を「状況はコントロールされている」と世界にアピール。昨年8月、リオ五輪の閉会式ではマリオに扮して登場するという異例の演出をした。
今年1月の国会では「共謀罪」の趣旨を含む法案をめぐり、「国内法を整備し、条約を締結できなければ東京五輪を開けないと言っても過言ではない」と答弁した。五輪招致で「治安の良さ」をPRしたにもかかわらずだ。
五輪には政治的な思惑に翻弄(ほんろう)されてきた歴史がある。1936年のベルリン五輪ナチス・ドイツ国威発揚に利用したのがその極みだ。「(国際オリンピック委員会は)スポーツと選手を政治的または商業的に不適切に利用することに反対する」。オリンピック憲章はそう定める。
スポーツ評論家の玉木正之氏は「日本人が大好きな五輪を政権がうまく利用している。メディアの批判も弱い」と指摘。「五輪の政治利用が何をもたらすのか。スポーツ自体が時の政権の顔色をうかがいだせば、社会を豊かにするスポーツ文化の可能性を狭めてしまう」と危惧する。
64年の東京五輪の位置づけも誇張気味だ。高度経済成長の始まりは50年代。64年は東海道新幹線の開業などもあり、五輪が経済発展の象徴であった一方、65年には戦後初の赤字国債が発行。いまも未解決の水俣病など、公害問題といった経済発展のひずみが表面化していく時期とも重なる。沖縄は依然、米軍統治下でもあった。

集団的自衛権の行使争点
「あなたの改憲共産党を利用するのをやめてください」。5月9日の参院予算委員会で、共産の小池晃氏が安倍首相に反論した。首相が、憲法学者や政党の自衛隊違憲論を取り上げ、そういう議論が生まれる余地をなくすのが改憲の目的と説明しているためだ。
18日の衆院憲法審査会。民進辻元清美氏が、「(集団的自衛権の行使を認めた)安保法制には9割近くの憲法学者憲法違反だと言ったが、そのことは無視して強行に採決した」と指摘し、首相の論理を「ご都合主義」と批判した。
そもそも、9条1項と2項をそのまま残し、自衛隊の存在を位置づけるとはどういうことなのか。
首都大学東京の木村草太教授(憲法)は「憲法自衛隊を書き込む以上は任務を明確にしなければならない。閣議決定で行使を認めた集団的自衛権を明記する必要がある」と指摘。そうなると、憲法改正国民投票の最大の争点は、9条の下での集団的自衛権の行使を認めるのか否かとなり、首相の加憲の主張は、自衛隊現状追認にとどまらない重大な論争を引き起こす可能性がある。「首相はどこまで覚悟を持っているのだろうか」と木村氏は語る。
さらに、国会では国民投票の否決が何をもたらすかは論じられていない。自衛隊国防軍にする提案が否決されても自衛隊は現状維持されるが、自衛隊の存在を書き込む提案が否決されたら……。憲法施行から70年。思わぬ難題を抱え込むことになるかもしれない。(編集委員・豊秀一、木村司)

石川健治・東大教授(憲法)寄稿
立憲主義的な憲法の定義のなかに、理想はない。特定の理想を書き込まないのが、理想の憲法だ。
憲法は国の未来、理想の姿を語るものです」という安倍首相は、そこを履き違えている。理想はひとつではない以上、異なる理想をもつ人々が共存するためには、無色透明の国家をつくって、国民に特定の理想を押しつけないのが最上の方法である。
もちろん、理想をもたない国家では、元気が出ない。だから、ひとは憲法に理想を書き込もうとするのであり、それ自体は避けられない。多くの犠牲を払ったあげくの敗戦で、惨めに武装を解除された日本も、だからこそ平和国家という高い理想を憲法に書き込んだ。この気分に「押しつけ」はなかったはずである。
しかし、仮に憲法が理想を掲げるとしても、多極共存の枠組み(権力分立と権利保障)としての立憲主義を支え得る、普遍的に通用する理想でなくてはならない。それはグローバル化した時代の要請でもある。時代錯誤な「美しい国」の理想が憲法に書き込まれることで、それを「美しい」とは考えない日本人が、非国民として排除されるようなことになっては困る。憲法改正手続きを通じて、国民は分断され、少数派が抑圧される。それは最悪のシナリオである。(寄稿)

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■首相メッセージ〈要旨〉
今を生きる私たちは、少子高齢化、人口減少、経済再生、安全保障環境の悪化など、我が国が直面する困難な課題に対し、真正面から立ち向かい、未来への責任を果たさなければなりません。憲法は、国の未来、理想の姿を語るものです。私たち国会議員は、憲法改正の発議案を国民に提示するための、「具体的な議論」を始めなければならない、その時期に来ていると思います。
例えば、憲法9条です。多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊違憲とする議論が、今なお存在しています。自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、「自衛隊違憲かもしれない」などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます。「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは、国民的な議論に値するのだろう、と思います。高等教育についても、全ての国民に真に開かれたものとしなければならないと思います。
新しく生まれ変わった日本が、しっかりと動き出す年、2020年を、新しい憲法が施行される年にしたい、と強く願っています。