憲法70年に考える 大島大誓言が教えるもの - 東京新聞(2017年5月4日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017050402000160.html
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終戦後の一時期、日本から切り離されようとした伊豆大島で「暫定憲法」がつくられました。その基本原理は立憲主義主権在民、そして平和主義です。
当時の伊豆大島の島民には「寝耳に水」だったことでしょう。
終戦翌年の一九四六年一月二十九日、連合国軍総司令部(GHQ)は日本政府の行政権限が及ぶ範囲を北海道、本州、四国、九州とその周辺の島々に限定する覚書を出しました。
北方四島や沖縄、奄美群島小笠原諸島などが日本政府の管轄圏外とされましたが、その中に伊豆の島々が含まれていたからです。

◆平和主義と、主権在民
その一方、伊豆諸島の大島については沖縄や奄美、小笠原など、ほかの島しょ部とは違い、米軍による軍政が敷かれないことも明らかになります。当時の島民にとって残された道は、日本からの「独立」しかありませんでした。
覚書からほどなく、当時、大島島内にあった六村の村長らが集まり、対応策を協議します。
そこで出した結論が、島民の総意で「暫定憲法」に当たる「大誓言」を制定して議員を選び、その議員で構成する議会が、憲法に当たる「大島憲章」を制定する、というものでした。
大誓言は存在のみ分かっていましたが、長年不明のままでした。現在の東京都大島町の郷土資料館の収蔵庫からガリ版刷りの全文やメモなど当時の資料が見つかったのは九七年のことです。
大誓言は趣旨を記した前文と、政治形態に関する二十三の条文から成っています。まず注目すべきは、前文で平和主義をうたっていることでしょう。

<よりて旺盛なる道義の心に徹し万邦和平の一端を負荷しここに島民相互厳に誓う>(現代仮名遣いに修正、以下同じ)

◆「立憲主義」精神の表れ
そして、一条では<大島の統治権は島民に在り>と主権在民を掲げます。また、行政府である「執政府」の不信任に関する投票を、議会が有権者に求める「リコール制」も盛り込んでいます。
当時の日本政府が現行の日本国憲法となる「憲法改正草案」を発表したのが、この年の四月十七日ですから、現行憲法の姿が見える前に、その先を行く進取的な内容をまとめていたのです。
大誓言を研究する憲法学者名古屋学院大現代社会学部准教授の榎澤幸広さんは「大誓言には権力を制限し、監視するという立憲主義の精神が表れています。この思想は近代憲法の一番重要な部分です」と評価します。
大誓言の取りまとめは、大島六村の一つ、元村村長で、「島の新聞」を発行する元新聞記者でもあった柳瀬善之助(一八九〇〜一九六八年)が中心となり、大工で共産党員だった雨宮政次郎(一九〇五〜五二年)、三原山に自殺防止のための御神火茶屋をつくった高木久太郎(一八九〇〜一九五五年)らが協力します。
では、彼らはどうやって暫定憲法をつくったのでしょう。
終戦後、本土では新しい憲法の制定を目指す動きが活発でした。四五年十一月には共産党の「新憲法の骨子」、十二月には民間の憲法研究会による「憲法草案要綱」が発表されています。
これらは新聞にも掲載され、大島にも船で届いていました。榎澤さんは「こうしたものを参考にした可能性はある」と話します。
しかし、それ以上に影響を与えたのが、離島という地理的な要因と戦争という時代的背景です。
大島のような離島では戦前「島嶼(とうしょ)町村制」が敷かれていました。本土の町村制とは違い、自治権公民権を制限する差別的な制度です。本土で男子による普通選挙が導入された後も、納税額による制限選挙が続いていました。
また、戦時下や終戦直後の島民の生活は、食糧や生活物資に乏しく、苦しいものでした。
榎澤さんは、柳瀬らがこうした状況を「反面教師」として、平和主義や主権在民の「大島憲章」をつくろうとしたと推測します。

◆先人たちの気概に学ぶ
大誓言は三月上旬にできましたが、二十二日にGHQ指令が修正され、伊豆の島々は五十三日目に日本の管轄圏内に復帰します。大島の独立は幻となり、大誓言はしばらく忘れ去られていました。
しかし、大誓言の存在は、明治から昭和にかけて数多くつくられた私擬憲法とともに、平和主義や主権在民が、日本人が自ら考え出した普遍的な結論であることを教えてくれます。決してGHQの押し付けなどではありません。
今、時の政権の思惑で改憲論議が活発になり、立憲主義が蔑(ないがし)ろにされつつあります。だからこそ、自ら憲法をつくろうとした先人たちの気概に学ばねばと思うのです。