(余録)社会現象を何者かの陰謀で説明しようと… - 毎日新聞(2017年4月20日) 

https://mainichi.jp/articles/20170420/ddm/001/070/157000c
http://archive.is/2017.04.20-004213/https://mainichi.jp/articles/20170420/ddm/001/070/157000c

社会現象を何者かの陰謀で説明しようとする陰謀論(コンスピラシー・セオリー)を批判した英哲学者ポパーは言う。もし陰謀論を信じる人々が権力をとれば、思い通りにならぬことはすべて邪悪な者の意図によると説明されることになるだろう。
念頭にあったのは左右の全体主義だが、米トランプ政権の主張を見ると「開かれた社会」(ポパー)への脅威はそれだけでもない。ちなみにコンスピラシーは法律ではそれだけで罪になる共謀を指す。
この英米法の共同謀議という罪状が日本で知られるようになったのは東京裁判A級戦犯が裁かれたからだろう。ナチスの戦犯を裁くのに有効な法理だったが、日本の侵略戦争にこれを適用するのは当時から無理があるとされていた。
その共謀罪の整備が必要と説明されてきた国際組織犯罪防止条約締結にむけ、共謀罪あらため「テロ等準備罪」を新設する法改正案の実質審議が始まった。人権侵害の不安に応え、適用範囲を絞り込んだというのが政府の説明である。
なるほど今度は対象犯罪数を減らし、成立要件にも実行準備行為を加えた。だがならば、その倍以上の犯罪について共謀罪を整備せねば条約を締結できないとしてきた従来の説明は何なのか。そもそも条約締結に法改正は必須なのか。
「開かれた社会」こそがテロ犯罪の標的というところに、この法案の重大さがある。ここは取り締まり当局のコンスピラシー・セオリーに国民が振り回されることのないように論議を尽くさねばならない。