今こそ チェーホフ 「人間とは」作品とともに追究 - 東京新聞(2017年3月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2017030902000186.html
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劇団銅鑼(どら)の創立四十五周年記念公演「彼(か)の町」(青木豪作、大谷賢治郎演出)が東京・六本木の俳優座劇場で十五日から上演される。ロシアの作家チェーホフ(一八六〇〜一九〇四年)が若き医学生時代に手掛けた短編を基に、現代日本とも重ね合わせながら描く。権力を嫌い、弱者に温かいまなざしを注いだチェーホフ。企画・出演する鈴木瑞穂(89)は六十余年に及ぶ役者人生をチェーホフ作品とともに歩んできた。「今こそ彼に目を向けるとき」と熱く語る。 (安田信博)
数々の映画やドラマで名脇役として抜群の存在感を見せてきた鈴木は「僕を演劇の世界に誘ったのも彼の作品」と明かす。五〇年暮れに京都で上演された劇団民芸の旗揚げ公演「かもめ」。生まれて初めて見た舞台に「人間にはこれほど喜怒哀楽が豊かで、多彩な生き方があるのか」とショックを受けた。海軍兵学校時代にたたき込まれた教えがいかに貧しいものだったかを痛感し、悔し涙が止まらなかった。楽屋を訪ね、出演者の宇野重吉らに思いを伝えたという。
戦争を利用したのも、原爆を落としたのも、民主的な憲法をつくったのも人間…。「人間とはいったい何なのか」。頭に浮かぶ疑問の答えを「演劇で追究したい」と思い、京都大学を中退、民芸に身を投じた。
六八年、日本初演の民芸公演「想い出のチェーホフ」(レオニード・マリューギン作)で、演出の宇野からチェーホフ役に抜てきされた。チェーホフが妻や兄、妹らと交わした手紙を基に構成され、“素顔”を浮き彫りにした舞台は反響を呼び、七一年には全国巡演も行われた。この舞台を機に、友人らと研究会を発足させたという。
十月に九十歳となる鈴木は、今回の舞台にコミュニケーションが希薄になった現代社会への危機感を重ねる。「電車の中でもみんなが画面とにらめっこ。チャプリンなら“ケータイ狂時代”という映画をつくったかもしれません。人間性を取り戻すために、濃密な人間関係を生き生きとした会話で描いたチェーホフから学ぶことは多い」
舞台では、短編小説の世界と、チェーホフの実人生、現代日本の三層を行き来し、親交のあったチャイコフスキーの音楽がピアノで生演奏される。「チェーホフ遊びといってもいいかもしれない。肩肘張らず、井戸端会議をのぞくような気持ちで劇場に来てほしい」。公演は二十日まで。問い合わせは劇団=(電)03・3937・1101。