奨学金返還「人生のリスク」 10年で強制執行120倍 - 東京新聞(2017年2月22日)


http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017022290070138.html
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日本学生支援機構から奨学金を借りた人が返せなくなり、給料の差し押さえなど強制執行にまで進むケースが急増している。二〇〇五年度には四件だったが、一五年度に百二十倍超の四百九十八件になった。就職できなかったり、低賃金が続くことが大きく影響しているようだ。一方で返さない事例を見逃せば不公平感が高まるうえ、新たな借り手に必要な資金の減少につながるため、回収を厳しくせざるを得なくなっている。 (白山泉)
専門学校を卒業してアパレル業界に就職した都内の三十代男性は学生時に約四百三十万円の奨学金を借りた。今の給料は手取り十五万円程度。返還が滞り、一五年冬に支援機構と毎月約三万円の支払いを約束したが、延滞金も含め返還額は四百万円以上も残った。結局、返せなくなり、数カ月後に給料を差し押さえる「強制執行」を予告する通知が届いた。
支援機構は返還が困難になった人の救済措置を行っている。一四年度に延滞金の利率を年10%から5%に引き下げ、今年四月からは月額の返金額を三分の一に減らして返還期間を延ばす制度も新たに設ける方針。
一方で奨学金の回収のため、簡易裁判所を通じた支払い請求や強制執行など法的措置を強化している。延滞者の割合は減少傾向にあるが、返還が困難な人を追い詰めている側面もある。
政府は一七年度予算案で返還不要の給付型奨学金の新設を盛り込み、国会で審議中。教育無償化に向けた議論も活発化している。だが、すでに奨学金を借りている返還困難者の救済策は十分とは言えない。
若者の労働問題に取り組むNPO法人「POSSE(ポッセ)」の岩橋誠さんは「延滞金が増え、元本の返還まで届かない人も多い。延滞金のカットなどの救済策が必要だ」と、現在の返還困難者の救済策では不十分だと指摘している。
◆外部委託で回収強化 正社員前提「制度限界」
非正規社員が増え、正社員ですら簡単に給料が上がらない今の日本で、若者が背負う数百万円の借金は重荷だ。日本学生支援機構の二〇一四年度の調査では、奨学金の延滞が続く理由として「低所得」を挙げた人が51・6%。〇七年度の40・8%から増えた。「延滞金額の増加」も46・8%にのぼる。
一方で、学びたくてもお金がない人を支援するために、奨学金の重要性はさらに高まっている。奨学金の貸出資金の一部に返還金を充てている支援機構にとって、「次世代の奨学金の原資を確保するため」に延滞金を減らすことは不可欠だ。支援機構は債権回収会社サービサー)への外部委託をするなど、奨学金の回収業務を強化している。「返還できる人からはしっかり返還してもらうことが大切」と説明する。
だが、返還できるのにしない人と、生活が厳しくて本当に返せない人を明確に分けるのは簡単ではない。差し押さえまで進んだ場合、将来、クレジットカードの審査が通りにくくなったり、職場にいづらくなる場合もあり、支援機構の取り組みが利用者を追い詰める。
奨学金の返還の相談を受けている太田伸二弁護士は「大学を出たらみんなが正規社員になり、奨学金を返済できるという制度設計はもう成り立たない。このままでは大学に進学することが人生のリスクになりかねない」と話している。

奨学金の返還> 奨学金は毎月の口座引き落としで返還するが、残高不足などで引き落としができないと「延滞」となる。日本学生支援機構が委託した債権回収会社が、返還の指導や猶予制度の案内などをしているが、延滞になってから9カ月がたっても猶予の手続きや入金がない場合には、裁判所を通じて「支払督促」を実施。その後に訴訟に移る。分割返還による和解で解決する場合が多いが、それでも延滞が続くと給与差し押さえなどの「強制執行」になる。