(余録)デンマークの童話作家、アンデルセンの「影法師」は… - 毎日新聞(2017年2月6日)

http://mainichi.jp/articles/20170206/ddm/001/070/151000c
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デンマーク童話作家アンデルセンの「影法師」は気味の悪い物語だ。若い学者が自分の影をなくしてしまう。影はやがて元の主人である学者より地位や財力を得た人間として戻ってくる。主人と影の立場は逆転し、学者は命を奪われる。影とうまく付き合わないと身を滅ぼす。
影とは人間の心に潜む闇を映し出したものかもしれない。それは社会の中にもあるだろう。昨秋、アンデルセン文学賞を受賞した村上春樹さんはこの物語を引用してスピーチした。「全ての社会と国家にも影があり、向き合わなければならない。われわれは影から目を背けがちで、排除しようとさえする」
トランプ米大統領の場合、自身の影を見ようともしない。全て自分が正しい。排外主義的な政策に批判が集まっても意に介さない。トランプ氏の発言は中東情勢も不安定化させかねない。イスラエルパレスチナが帰属を争うエルサレムへの米大使館移転構想もその一つだ。
村上さんは8年前、そのエルサレム文学賞を受賞し、現地で講演した。体制を「壁」、個人を「卵」に例えて「私は常に卵の側に立つ」と述べ、反響を呼んだ。
イスラエル軍によるパレスチナ自治区への攻撃で1000人以上が死亡した直後のことだった。受賞すべきか自分に問いかけた末、あえてイスラエルの「影」に触れた。
村上さんはアンデルセン賞のスピーチでこうも述べている。「影と向き合わなければ、いつか影はもっと強大になって戻ってくるだろう」。安倍晋三首相は今週末、トランプ氏との初の首脳会談に臨む。大きくなる米国の影に言及するのか、あるいは目を背けるのか。