首相の真珠湾訪問 和解を地域安定の礎に - 毎日新聞(2016年12月29日)

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日系人として初めて米上院議員になった故ダニエル・イノウエさんは、17歳のとき、故郷ハワイで真珠湾攻撃の日を迎えた。その情景を自伝に書き残している。
「訓練飛行じゃない。パールハーバーが日本軍に爆撃されている」とラジオから流れる怒鳴り声を聞いたとき、「日系アメリカ人は一大恐怖に襲われた」という。
イノウエさんは、米陸軍の日系2世らの部隊である第442連隊に志願して欧州の激戦地で戦い、右腕を失う。終戦後、ハワイに戻り、民主党の下院議員、上院議員となった。

米関係の成熟を示す
「旭日をつけた一番機がパールハーバーの上空に姿を見せた瞬間に、2世の背をピシッと打った目に見えない十字架」を感じ、米国人としての忠誠心を示すために戦争協力に打ち込まざるを得なくなったと、生涯を振り返っている。
安倍晋三首相がオバマ米大統領とともに、太平洋戦争の戦端が開かれたハワイ・真珠湾を訪れて、戦没者を慰霊した。戦争は、多くの人たちの人生を一変させた。とりわけ日系人は、自らのルーツである日本との戦争でつらい日々を味わうことになったが、イノウエさんはそれを乗り越え日米の懸け橋となった。
戦後、日米両国は安保条約を結び同盟国となった。しかし、米国にとっては真珠湾への奇襲攻撃や米兵捕虜の扱いが、日本にとっては広島、長崎への原爆投下、日系人の強制収容などが、両国関係の歴史に刺さったトゲのようになってきた。
その傷痕を癒やし、日米の和解の歴史に新たなページを開こうと、オバマ氏が5月に広島を現職の米大統領として初めて訪問し、それを引き継ぐようにして、首相が真珠湾を訪問したことを評価したい。
首相の真珠湾訪問によって、日米間に戦争をめぐるわだかまりがなくなるわけではない。和解プロセスは今後も続けていかなくてはならない。それでも同じ年に、両首脳が太平洋戦争の重要な場所を互いに訪問したことは、象徴的な意味を持つ。
日米開戦から75年。両首脳が真珠湾に並んで立つことにより、かつての敵国が和解の道を歩み、強固な同盟関係を築いたことを、両国の人々だけでなく国際社会にも示した。
首相が真珠湾で行った演説のキーワードは、「寛容の心」と「和解の力」だった。米国の寛容の心が日米に和解の力をもたらし、激しい戦争を戦った両国が歴史的にもまれな同盟国になったという認識を示した。
大統領もこれに呼応するような演説をし、「最も憎しみあった敵同士でも、最も強固な同盟国になることができる」と語った。
両首脳が演説の中で、今の国際情勢への強い危機感を共有したことも、日米同盟の成熟を感じさせた。
首相は「憎悪が憎悪を招く連鎖はなくなろうとしない」と語った。
大統領は「憎しみが燃えさかっている時でも、内向きになる衝動に抵抗しなければならない。自分たちと違う人々を悪魔のように扱う衝動に抵抗しなければならない」と訴えた。これはトランプ次期政権を意識したものでもあろう。
ただ、首相の演説には、もの足りない面もある。

乏しいアジアへの視線
首相は「戦争の惨禍は二度と繰り返してはならない」と不戦の誓いをした。では、なぜ日本人だけで約300万人の死者を出すような無謀な戦争を防げなかったのか。過去の戦争に対する認識が語られなかったのは残念だ。
もう一つは、アジアへの視線が見られなかったことだ。昨年の米議会演説や戦後70年談話に盛り込まれたアジア諸国に対する戦争の加害者としての視点はなかった。
おそらく首相は、戦後70年から真珠湾訪問までで「戦後」に一区切りをつけ、「未来志向」で外交を展開したいと考えているのだろう。
しかし、満州事変以降の中国侵略の拡大が、やがて日米開戦につながった経緯や、それらに先立つ韓国の併合について、首相がどういう認識を持っているかは、国のあり方の基本にかかわる問題だ。
首相は、未来を語るうえで、歴史を謙虚に顧み、反省を踏まえる姿勢を示すべきだったのではないか。
今回、首相の真珠湾訪問が実現する環境が整うまでには、日米両国の先人たちの長年の努力の蓄積があったことも忘れてはならない。
たとえば、真珠湾攻撃を指揮した山本五十六(いそろく)・連合艦隊司令長官の出身地である新潟県長岡市。山本が最後まで日米開戦に反対したことを地道に説き、4年前にハワイ・ホノルル市と姉妹都市になった。戦後70年の昨夏は米海軍とも協力し慰霊の長岡花火を真珠湾で打ち上げた。今回の式典には、長岡市長も招かれた。
アジア諸国との間でも、こうした関係を積み上げていきたい。
オバマ氏は「受け継ぐ歴史を選ぶことはできないが、そこから学ぶ教訓を選ぶことはできる。その教訓に基づいて将来を描いていくことはできる」と語っていた。
日米両国は、戦争の教訓を忘れず、和解を礎(いしずえ)にして国際秩序の安定に貢献していく責任がある。