日印原発協定 被爆国の立場忘れたか - 朝日新聞(2016年11月12日)

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広島と長崎で原爆の惨禍を経験し、国民の多くが核兵器の廃絶を願っている。「唯一の戦争被爆国」としての立場と主張はいったいどこへ行ったのか。
政府がインドと原子力協定を結んだ。インドは核不拡散条約(NPT)に加盟しないまま核兵器を開発、保有している。そうした国との協定締結が誤りであるのに加え、その中身も疑問と懸念が尽きない。核実験をしない保証が不十分なまま原子力技術を供与する内容だからだ。
インドは現在、核実験を「自主的に凍結」している。再開した場合の対応が焦点だったが、実験をしたら日本側が協定を破棄・停止できるとの肝心の内容は、協定本文ではなく関連文書への記載にとどまった。
それどころか、核実験をした場合も、それが対立するパキスタンなどへの対抗措置かどうかなどを考慮することを意味する条文が盛り込まれた。
ウラン型原爆の原料になる高濃縮ウランの生産に道を残す条文まである。日本がこれまでNPT加盟国と結んできた協定には例がない。インドがこだわったというが、あまりに危うい。
核実験が行われた場合、日本発の技術が導入された原発を即時停止するかどうかは判然としない。一方、日本が提供した資機材を引き揚げる際にはインドに補償することが明記された。
成長著しいインド市場での、目先の利益に目を奪われた譲歩と言うしかない。
外務省は「インドが締結済みの協定の中で、最も厳しい米印協定と同等だ」と説明するが、それは被爆国としての独自の主張と上乗せした歯止めがないに等しいことを意味する。広島や長崎の市長が「核廃絶の障害になりかねない」「核物質や技術・資機材の核兵器開発への転用が懸念される」として再三政府に交渉中止を求めてきたのに、なぜそれを受け止めないのか。
インドはすでに米仏のほかロシアとも協定を結んでいる。原発の導入では、日本や日本の技術が使われている米仏と、ロシアをてんびんにかけてきた。
米仏日による原子力技術の供与には、ロシアに対抗しつつ、台頭する中国を牽制(けんせい)するという地政学的な思惑も込められているのは確かだろう。
だとしても、協定締結をせかす米仏に対して、日本は長らく首を縦に振らなかった。NPTを軸とする核不拡散体制の空洞化に手を貸しかねないとのためらいがあったからだ。
被爆国が、核不拡散の国際規範を崩してはならない。国会での徹底審議を与野党に求める。