日印原子力協定 被爆国の意志はどこへ - 毎日新聞(2016年11月12日)

http://mainichi.jp/articles/20161112/ddm/005/070/027000c
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インドのモディ首相の訪日に合わせ、日本はインドと原子力協定を締結した。日本から原発関連機器をインドに輸出できるようになる。
インドは核兵器保有しながら、核を統制する国際的な枠組みである核拡散防止条約(NPT)に加盟していない。国際法で認められていない核保有国と初めて原子力分野で協力を進めることになる。日本はNPT体制のほころびを追認したことになるのではないか。
しかも、日本が確約を求めてきた「核実験を実施した場合は協力を停止する」という首脳間の合意は、協定に書き込まれなかった。インドが米仏など8カ国とすでに締結している同様の協定でも前例がないとして受け入れなかったからだ。
代わりに日印は、協定とは別の文書に署名した。ここでも「核実験」という文言はない。しかし、インドが核実験モラトリアム(一時停止)の継続と原子力利用の軍民分離を確約した2008年の国際合意に言及することで、約束は担保されたというのが日本側の解釈だ。日本政府は、この文書が法的拘束力を持ち、インドを「国際的な核不拡散体制に実質的に参加させる」ことになると説明している。
だが、日本は核実験停止を協定に盛り込むようインドを説得すべきだった。唯一の被爆国としての意志を貫けなかったことは残念だ。インドはやはりNPT未加盟で核を保有する隣国パキスタンをにらみ、核実験の権利を手放したくないのだろう。
協定はまた、使用済み核燃料のインドでの再処理は平和利用に限定すると定めたが、これを監視する国際原子力機関IAEA)の査察対象は民生施設に限定されている。軍事転用の可能性を完全に防ぐことはできない。
NPTの空洞化は08年、原子力供給国グループ45カ国(当時)が「例外的に」NPT未加盟のインドへの原発機器供給を認める決定をした時から始まった。日本もその一員だった。今回の日印協定は、いわばその帰結だったとみることもできる。
日本の経済界は、需要の高いインドへの原発輸出が可能になったことを歓迎するだろう。日本の原子力企業が米仏企業と連携を進めた結果、日本の未締結で影響を受ける両国から締結を強く促されていたという事情もある。台頭する中国をにらみ、インドとの協力を進めたい安倍晋三政権の思惑もあるだろう。
むろん、インドは日本にとって経済でも安全保障でも大切にしたい重要なパートナーだ。関係強化は歓迎したい。だが被爆国として日本が維持してきた道義は、この協定で傷ついたのではないだろうか。