宮城・大川小判決 命を預かることの重さ - 毎日新聞(2016年10月27日)

http://mainichi.jp/articles/20161027/ddm/005/070/032000c
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教員は、子どもを守るために、事前の想定にとらわれず臨機応変に対応する責任がある。そう判決は指摘した。
東日本大震災津波で74人の児童と10人の教職員が死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校を巡る裁判だ。うち児童23人の遺族が市と県に23億円の損害賠償を求めたのに対し、仙台地裁は遺族全員に約14億円を支払うよう命じた。
東日本大震災で、学校にいた児童がこれだけ多数犠牲になった例はほかにない。災害大国である我が国で、自然災害の発生は今後も避けて通ることはできない。

不適当だった避難場所
災害が起きた時、どう子どもの命を守るのか。全国どこの学校でも共通する課題だ。学校が子どもの命を預かることの重みを示した判決だと受け止めたい。
2011年3月11日の地震発生後、同小は児童を校庭に待機させた。約50分後の午後3時33分ごろ、校庭より約6メートル高い近くの北上川の橋のたもとへ避難を開始したが、児童らはその直後に津波に襲われた。
同小は海岸から4キロ離れている。「津波が大川小まで到達することを予測できたのか」「津波から避難することは可能だったのか」が、主な争点だった。

裁判所の判断はこうだ。
市のハザードマップでは、同小は津波の浸水予測区域に含まれておらず、過去に津波が同小まで来たこともなかった。このため事前に津波の襲来は予見できなかった。
ただし当日午後3時30分ごろまでに、市の広報車が津波の襲来と高台避難を呼びかける放送をし、教員が聞いていた。
その時点で津波の危険は予見でき、津波を回避し得る場所に児童を避難させる注意義務を負った。教員が川沿いの場所を避難場所に選んだのは不適当で、過去に児童が授業で登ったことがある裏山に避難すべきだった、というものだ。
「子どもたちはなぜ、安全な場所に迅速に避難することなく、津波にのみ込まれてしまったのか」
そこが遺族が最も知りたかったことだ。石巻市教委は震災後に児童から聞き取りをしたが、その手書きのメモは廃棄してしまった。
遺族が提訴に踏み切ったのは、裁判を通じ真相を明らかにしたかったからだという。裏山に逃げるべきだったという遺族の主張をくんだ判決は、遺族の思いに応えたものだろう。遺族の一人は判決後の記者会見で「この青空の下、子どもたちが聞いていると思う」と述べた。
東日本大震災では、学校や職場などさまざまな場所で津波による犠牲者を生み、管理者の責任を問う訴訟も多く提起された。
これまでの判決で法的責任の有無を分けたのは、地震の発生から津波が襲ってくるまでの間に、関係者が広く情報を収集し、合理的な判断をしたか否かだ。
石巻市の私立日和幼稚園の園児5人が津波で死亡したケースでは、高台にあった幼稚園が被害を免れたにもかかわらず、園が地震直後に園児を送迎バスに乗せて低地の沿岸部へと向かわせた責任を地裁は認定した。訴訟はその後、高裁で和解した。

事前の備えに万全期せ
預かっているのが、自ら避難行動を選択できない子どもである以上、施設側の責任はとりわけ重いということだ。高齢者や障害のある人のための施設、病院なども同じだろう。
今回の判決は、こうした災害弱者のいる施設全体に対して、警鐘を鳴らしたものといえる。
東日本大震災では、大川小の犠牲者を含め児童や生徒、教職員らの死者が600人を超えた。
学校保健安全法は、学校防災マニュアルの作成を各学校に義務付け、校長にはマニュアルの周知や訓練の実施など必要な措置を講じるよう定める。だが、防災への力の入れ方は自治体や学校によってばらつきがあることが東日本大震災で浮き彫りになった。
大川小でも防災対策を10年度に見直し、津波対応を追加したが、津波を想定した避難訓練や引き渡し訓練は一度も行われていなかった。
今回の訴訟で、原告側は、学校側の事前の備えの不十分さも主張したが、判決はそこまで踏み込まず、原告側には不満も残る。
もちろんマニュアルが全てではないが、学校全体で事前に備えてこそ、いざという時に個々の教員が臨機応変に対応できるのではないか。
文部科学省は震災後、防災対策や防災教育の見直しを進め、「学校防災マニュアル作成の手引き」を作り、全国の学校に配った。
そこでは、やはり事前の備えが全ての対応の基本となると強調している。その上で、立地する場所や環境に即した学校独自のマニュアル作りが大切だと説いている。
沿岸部の学校が津波の想定を新たにマニュアルに加えたり、防災教育を授業に取り入れたりする取り組みが今、全国各地の学校で進められている。
学校で子どもの命を守るために何をすべきか。今回の判決はそれを問い直す第一歩だ。