社説】首相「拍手」促す 三権分立に反しないか - 東京新聞(2016年10月4日)

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行政府の長である首相が、行政機関に対する称賛を、立法府である国会の場で議員に促すことは適切だろうか。国会は国権の最高機関でもある。首相の振る舞いは、三権分立に反してはいないか。
臨時国会が召集された九月二十六日午後、安倍晋三首相の所信表明演説衆院本会議で行われた。
演説終盤、首相は日本の領土、領海、領空を守り抜く決意を強調した上で、最前線で「極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りを持って任務を全うする」海上保安官や警察官、自衛隊員に「今この場所から、心からの敬意を表そう」と、議場の議員らに拍手するよう促したのである。
首相の呼びかけに応じたのだろう。自民党議員が一斉に立ち上がって拍手し続け、大島理森議長が着席を促し、ようやく収まった。
その光景に「北朝鮮中国共産党大会のよう」(小沢一郎生活の党共同代表)な異様さを感じた人も多かったのではないか。民進、共産、日本維新の会の三党が「極めて異常な事態」と自民党側に抗議したのは当然である。
国境警備や災害救助などの危険な任務に当たる自衛隊員らに対して、国民の多くはもちろん敬意を持ち、感謝の念を抱いている。
二〇一五年に行われた内閣府による世論調査で、自衛隊に「良い印象を持っている」人が92%に上るのも、その証左だろう。
かといって、首相が自衛隊などに敬意を表すよう、国会の場で議員に促すのなら話は違ってくる。
そもそも首相は行政府の長であり、自衛隊の最高指揮官だ。その立場にある者が国会議員に対し、自らの指揮下にある部隊や隊員らに敬意を表すよう促すのは、行き過ぎとの誹(そし)りは免れまい。
首相は自民党総裁であり、国会議員から首相を選ぶ議院内閣制だとしても、「行政府の長」が「立法府の長」のように振る舞うのは三権分立に反する。国会は内閣の下部組織や翼賛機関ではない。
自民党側は「自然発生的」と釈明しているが、首相官邸側の働き掛けがあったのなら言語道断だ。首相は、自らの振る舞いの異常さを認識すべきであろう。
起立、拍手した議員の側にも問題があることも指摘したい。
自民党内から「ちょっとおかしい。自然じゃない」(小泉進次郎衆院議員)との声は漏れてはくるが、「安倍一強」ともされる政治状況下、首相に過度に同調し、疑問を抱かない鈍感さが蔓延(まんえん)しているのなら、深刻である。