(筆洗)自分のなかの子どもを、大切に大切にし続けた人 - 東京新聞(2016年9月17日)


http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016091702000138.html
http://megalodon.jp/2016-0917-1219-19/www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016091702000138.html

英国で生まれ育ったオフィーリアさん(52)は十歳の時、お父さんから車の運転を教えられたという。はじめは果樹園を乗り回していたが、そのうち父の昼寝時を見はからっては外の道路に乗り出すようになった。
ある日、お菓子を買いに村まで行ったら、車が故障してしまった。家に電話すると、父は「ばかだね」とだけ言い、駆け付けると叱りもせずにさっと修理してくれた。
だが、彼女には父が言わんとしていることが分かった。「いいか、車で出掛けるのなら、最低限の簡単な修理ぐらい覚えておくもんだ」
この豪放磊落(らいらく)なお父さんの名は、ロアルド・ダール。この十三日に生誕百年が祝われた作家だ。戦時中は英空軍で戦闘機を操り、米国での情報活動にも奔走した。パイロットにスパイ…冒険劇の主人公のような青年時代を送った彼にとって育児とは、子どもと一緒に宝物を探す冒険だったに違いない。
ベッドでわが子に話す物語から、没後四半世紀余たっても魔法のような力を放つ『チョコレート工場の秘密』『オ・ヤサシ巨人BFG』などの名作が生まれた。
評伝『ダールさんってどんな人?』によると、「どうすれば八歳の子どもの心をそれほど完璧にまで理解できるのか」と尋ねられた作家は、こう答えたそうだ。「わたしは八歳だからだ」。自分のなかの子どもを、大切に大切にし続けた人だったのだろう。