(余録)アメリカの心理学者は何でも実験室で… - 毎日新聞(2016年7月1日)

http://mainichi.jp/articles/20160701/ddm/001/070/183000c
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アメリカの心理学者は何でも実験室で再現してしまうようで、学生と本物の警官に違法行為のウソの自白を見抜かせる実験もあったという。この場合の結果は両者ともにうまくウソを見抜けなかったが、学生と警官とで違うこともあった。
それは学生より警官の方がウソの自白を見抜く能力に自信をもっていたことである。また自白の録音を聞くという条件では、警官は自白を真実と信じる傾向がより強かった。どうやら警官は一般の人よりも無実の人を有罪とみなす先入観にとらわれがちなようである。
S・O・リリエンフェルド他著「本当は間違っている心理学の話」(化学同人)から引かせてもらったが、そこで指摘されるようにかつては「証拠の王」といわれた自白も人の心理のアヤの産物にほかならない。供述を裏付ける周到な捜査が求められるゆえんである。
31年前に熊本県で起こった男性刺殺事件の裁判で有罪の決め手となったのも捜査段階の自白だった。殺人罪に問われ、13年間服役した宮田浩喜(みやたこうき)さんが無実を訴えて起こした再審請求である。熊本地裁は新証拠により自白の信用性に疑問が生じたと、再審開始を決めた。
自白で凶器とされた小刀が凶器でない疑いが強まったと認定した地裁の決定だった。自白の信用性については明らかに事実と違うことにつき具体的で迫真性のある供述をしている矛盾が指摘された。話が詳細で真に迫っているからといって真実とは限らぬ自白である。
認知症が疑われる宮田さんは今は介護施設で暮らしているという。十分な裏付けを欠いた自白を王とあがめる捜査、裁判がまたもたらした遅すぎる再審だ。