参院選かながわ 足元の課題(4)緊急事態条項 軍に奪われた桑畑:神奈川 - 東京新聞(2016年6月1日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201606/CK2016060102000170.html
http://megalodon.jp/2016-0602-1405-05/www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201606/CK2016060102000170.html

「軍は大きな存在で、命令には従わないといけなかった。反対はできなかった」。相模原市中央区の無職安藤勲さん(90)は、自宅をL字形に囲む金網越しに広がる米陸軍施設「相模総合補給廠(しょう)」を見つめ、かつてそこに広がっていた安藤家の桑畑の景色を重ねた。
補給廠は戦後米軍が接収するまで、旧日本陸軍が戦車や砲弾などを製造する施設「相模陸軍造兵廠」だった。都心近郊で、広大な平地が広がる相模原と周辺の地形に着目した陸軍が「軍都建設」を計画し、一九三七年ごろから土地の収用を始めた。
陸軍士官学校と練兵場が整備され、現在は米陸軍施設「キャンプ座間」がある同市南部では、生活基盤を奪われる農民らが応じないと、軍側が強硬な態度に出る場面もあった。命令に背くことは許されず、自殺者を出すほどの状況だった。
同市中部の同造兵廠予定地では、安藤さんの父が守ってきた先祖代々の桑畑も収用された。十二歳だった安藤さんははっきり覚えていないが、母は生前「安く買いたたかれた」と言葉少なに話していたという。
このような状況が再び現実のものとなる日がやってくるかもしれないとの懸念がある。自民党は二〇一二年に公表した憲法改正草案に、現憲法には規定がない「緊急事態条項」(国家緊急権)を盛り込んだ。「外部からの武力攻撃」「社会秩序の混乱」「大規模な自然災害」が起き、首相が緊急事態を宣言すれば、憲法秩序を一時停止し、首相に権限を集中させる超法規的内容だ。
緊急事態条項の問題に詳しい永井幸寿弁護士(兵庫県弁護士会)は「同条項が導入されれば(安藤さんの事例は)起こり得る。同条項は国家存続のため、生き残りのために人権保障と権力分立を止めるもの。国家が生き残りをかける典型的な場面は戦争。その際の人権の制限として、国家に命や財産を取られる危険性が考えられる」と指摘する。
一九三〇年代のドイツには当時最も民主的といわれたワイマール憲法があったが、ヒトラー憲法に規定された国家緊急権を使って自らに反対する議員を議会から排除した。政府が国会の権限を奪って法律を作ることを可能にする「全権委任法」を成立させ、独裁政権が確立されることになった。緊急事態条項に対し、全国二十三(五月十九日現在)の弁護士会は「立憲主義を破壊する大きな危険性をはらんでいる」などと、会長声明などで反対している。
 自民党は緊急事態条項を新設した理由に、東日本大震災の際に迅速な対応ができなかったことなどを挙げる。安倍晋三首相も一月の参院予算委員会で「大規模な災害が発生したような緊急時に、国民の安全を守るため、国家、国民自らがどのような役割を果たすべきか、それを憲法にどう位置付けるかは極めて重く、大切な課題だ」と述べており、緊急事態条項の新設に意欲的だ。
これに対し、永井弁護士は「災害時には普段の法律の適用を除外させる特例法を事前に作っておけば対応できる」と述べ、災害時に備え緊急事態条項を設けることに疑問を呈する。
日本陸軍に土地を収用された安藤さんは「自由に意見が言える今なら反発していると思う」と話し、続けた。「人権が守られ、平和に暮らすことのできる日常であり続けてほしい」 (寺岡秀樹)

<緊急事態条項> 自民党憲法改正草案98、99条に盛り込まれた国家緊急権では、首相が緊急事態を宣言した場合、国会の事前または事後の承認により、内閣は法律と同じ効力を持つ政令を制定できる▽首相は財政上必要な支出やその他の処分、地方自治体の長に対する必要な指示ができる▽何人も、国民の生命や財産を守るための国や公の機関の指示に従わなければならない▽100日を超えて宣言を継続する場合、100日を超えるごとに事前に国会の承認が必要▽宣言に効力がある間、衆院は解散されず、両院議員の任期や選挙期日の特例を設けられる−などと定めている。大日本帝国憲法は緊急勅令、戒厳として国家緊急権を規定していた。