(私説・論説室から)「1億総活躍」の息苦しさ - 東京新聞(2016年6月1日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2016060102000133.html
http://megalodon.jp/2016-0602-1400-26/www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2016060102000133.html

六月五日、スイスで世界初となる重大決定が国民投票にかけられると伝えられる。最低生活保障(ベーシック・インカム)制度の導入の是非という実に壮大な問いである。
政府が全国民に対し、最低限の暮らしに必要なお金を毎月、無条件で生涯を通じて支給する仕組み。大人には二千五百スイスフラン(約二十八万円)、子供には六百二十五スイスフラン(約七万円)を配る案が出ているという。
難問は財源の確保。勤労意欲がなえるとか移民が押し寄せるという反対論も根強い。対して、年金や失業手当といった社会保障給付の廃止や増税策で実現可能と賛成派。物価高に見合う支給額への引き上げ要求もある。
食べるのに困らなければ、人生の選択肢は豊富になる。趣味や娯楽に興じるのも、学問や社会貢献に精を出すのも、さらなるお金儲(もう)けに走るのも自由。貧困格差は解消し子育てや家族の世話も容易にでき、人工知能が跋扈(ばっこ)しても心配はない。夢物語だろうか。
国民投票の意義は、労働から解放された人間らしさを見つめ直すことにあると思う。人間の存在価値を生産性のみで測る市場経済はもはや弊害。そんな問題意識を共有したい。
翻って日本の「一億総活躍プラン」。少子高齢化に立ち向かうとして、国民を労働に駆り出す発想である。成長なくして分配なしとさえ言い切るブラフ。人間の価値は稼ぐ力が全てと響くこちらは悪夢の物語。 (大西隆