(筆洗)かの国で大切にされてきた「小箱」 - 東京新聞(2016年5月7日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2016050702000147.html
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ひいじいちゃんは、古いマッチ箱をたくさん持っている。その一つ一つを開けながら、彼は小さなひ孫に語り始める。貧しくて読み書きが習えなかった少年時代、日記を書く代わりに、思い出の品を箱に詰めていたのだ、と。
豊かさを求めてイタリアから米国に渡った船の切符。移民を敵視する人に石をぶつけられ、折れた歯。見よう見まねで字を覚え始めたころ、鉛筆代わりにした石炭のかけら…。
マッチ箱を開けるたび、ひいじいちゃんの人生の一歩一歩が、ひ孫の前に鮮やかに甦(よみがえ)る。そんなすてきな時間を描いた米国の児童文学作家ポール・フライシュマンさんの絵本『マッチ箱日記』には、移民の国・米国の苦難と希望の歩みそのものが映し出されている。
米大統領の座を狙うドナルド・トランプ氏の一族にも、そういう「思い出の小箱」があるはずだ。彼の祖父もまた、豊かさを求め十六歳で、ドイツの農村から米国に移住した。無一文から泥水をすするような思いを重ねて、財を築いたという。
しかし、その移民の孫が、移民を敵視する発言を重ね、国境を壁で閉ざせと言う。まるで祖父らの歩みを忘れたかのような不条理な主張だが、その過激な発言は人々の不安と不満に共鳴し、トランプ氏はついに、共和党の候補指名を確実にした。
かの国で大切にされてきた「小箱」が、捨て去られようとしているのだろうか。

マッチ箱日記

マッチ箱日記

  • 作者: ポールフライシュマン,バグラムイバトゥーリン,Paul Fleischman,Bagram Ibatoulline,島式子,島玲子
  • 出版社/メーカー: BL出版
  • 発売日: 2013/08/01
  • メディア: 大型本
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