中学生誘拐 これだけの不可解 - サンデー毎日(2016年4月17日号)

http://mainichi.jp/sunday/articles/20160404/org/00m/040/009000d

まさに死角を突いたのか。2014年3月、埼玉県朝霞市から当時中学1年生の女子生徒(15)を誘拐した容疑で逮捕された寺内樺風(かぶ)容疑者(23)。優秀だが目立たなかったエリートの、「社会の死角」「心理の死角」を突いた不可解すぎる手口が明らかになりつつある。
「被害少女が姿を消したのは下校途中の時間帯だというのに、あまりにも手がかりが少なかった。このため、当初から複数犯説から家出説までさまざまな見方が出ていました」(事件を取材したジャーナリスト)
身長155センチの女子中学生をどうやって連れ去ったのか。“神隠し”の様相すら見せていた事件の真相が、逮捕後の調べで徐々に明らかになりつつある。
これまでの調べでは、下校途中の少女を自宅近くで突然フルネームで呼びとめ、「両親が離婚することになったので弁護士の所に連れて行く」と声をかけ、不審がる少女を無理に車に乗せると、「親に貸した金のカタにお前を預かることになった」などと脅し、目隠しをして連れ去ったという。
「当初の取材では“家出の疑い”も捨てきれないとの感触だったのですが、取材を進めると、少女の父親は、いなくなった娘と憔悴(しようすい)した奥さんを本当に心配していた。家出の原因となるような具体的な家族間のトラブルも見当たらず、やはり事件か事故に巻き込まれた可能性が高い、と確信しました」(前出・ジャーナリスト)
そもそも、なぜ彼女が狙われたのか。
寺内容疑者が少女を監禁していたのは、通っていた千葉大近くにある千葉市内のマンション。埼玉県朝霞(あさか)市とは約50キロ離れており、とくにゆかりはなかったとみられる。大阪府池田市にある寺内容疑者の実家近辺を取材すると、
「賢くておとなしい、品のよい子だった。お母さんが大切に育てていたのに、なぜこんなことに……」(高校時代の同級生の母親)
寺内容疑者は、名門の大阪教育大付属池田中学・高校を経て千葉大へ進学したエリート。その半面、調べに対し、「中学時代から女の子を誘拐したいと思っていた」などと供述しており、歪(ゆが)んだ欲求を内面に抱え込んでいたようだ。
朝霞市を選んだ理由は、「都会過ぎず、田舎過ぎない土地」が誘拐に適していると考えたようだが、土地勘もなく、詳しい理由は明らかではない。加えて、被害少女、寺内容疑者ともに「(互いに)全く面識はなかった」という。ただし、寺内容疑者は「女の子を誘拐しようと学校を見て回った」「一人で歩いていた少女の後をつけた」などとも供述しており、朝霞市内の学校施設周辺で“獲物”を物色し、たまたま一人で下校中だった被害少女に目を付け、尾行して自宅を調べるなどした疑いが強い。
それにもまして不可解なのは、少女を誘拐した後、どうやって2年間も少女を監禁し続けることができたのかという点だ。
同種の事件では、強固な監視態勢下で自由を奪われていたケースが多い。
2000年に発覚した、新潟県柏崎市での監禁事件では、当時9歳の少女が10年間監禁された。容疑者は引きこもりのような生活を送る傍ら、常時少女を監視下に置いていた。また14年に岡山県倉敷市で発生した事件では、容疑者は防音仕様の“監禁部屋”を自宅に設けて、当時11歳の少女を5日間閉じ込めていた。
だが今回の事件では、千葉市、今年2月に移り住んだ東京都中野区の現場とも、防音仕様でもない普通のマンションの一室。いずれも外からかけられるカギで玄関が施錠されていたとされるが、寺内容疑者はごく普通の学生生活を送り、被害少女が一人で部屋にいた時間は少なくなかったと考えられる。少女の証言によると、身体的な拘束はされなかったものの、容疑者は少女に繰り返し「お前のことは誰も捜していない」と言い含めていたという。これが少女に絶望感を植え付け、抵抗や脱出を試みる思考を奪っていったのか。
立正大心理学部客員教授で心理学者の内藤誼人(よしひと)氏は、寺内容疑者の行動をこう分析する。
「容疑者の心理には“気の緩み”あるいは“愛情の喪失”があったのではないか。心理学的には新婚夫婦の愛情も、4年もすれば冷めてしまうものとされます。誘拐後、時間の経過とともに少女への執着心も薄れていった可能性はある。『逃げられたら逃げられたで構わない』と監視を緩めてしまい、逃げられた後で自分の行動を振り返り、とんでもないことをしたと戦慄(せんりつ)してしまったのでしょう」
「息子さんの印象は全然ない」
再び寺内容疑者の実家がある池田市に話を戻そう。
住宅地の戸建て住宅を拠点に、父親は防犯機器類の販売業を営む。寺内容疑者が千葉大に進学するまでは両親、妹と4人家族だった。近くの女性は「一家は息子さんが小学校4年生の時にこの借家へ引っ越していらした。市内には親戚の家もありますが、裕福そうな大きな家ですよ。近所付き合いはあまりなかったみたい。息子さんはおとなしい印象でしたが……」と話す。
通っていた高校の副校長は「容疑者をよく知る教員はみんな転勤してしまいましたが、当時からいる教員に聞いてみると『彼のことはほとんど記憶にない』と話していました。問題行動を起こすようなことはなかった」と振り返る。実家の大家の男性も「十数年、借りてもらってるけど、息子さんの印象は全然ないですね」と言う。教師や周囲の大人には印象の薄い子どもだったらしいが、その半面、得意分野での才能は一目置かれていたようだ。
「パソコンとかの知識もすごかった。頭の良さが違った。うらやましかった。変な性格とかじゃ全然なかったのに」と、高校の同級生は首をかしげる
前出の同級生の母親も、「大学でも頑張っていて、『セスナの免許を取った』とお母さんから聞いていました。何でこんな事件を起こしたのか。信じられません」と驚く。
悪の萌芽(ほうが)は何がきっかけだったのか。真相解明は始まったばかりだ。
(本誌・中西庸/ジャーナリスト・粟野仁雄)