余録:ミステリーでは真犯人を隠すためにいかにも… - 毎日新聞(2015年10月8日)

http://mainichi.jp/opinion/news/20151008k0000m070132000c.html
http://megalodon.jp/2015-1008-0909-41/mainichi.jp/opinion/news/20151008k0000m070132000c.html

ミステリーでは真犯人を隠すためにいかにも犯人らしい人物を登場させて読者の目をくらますのが常道である。このような注意をそらす仕掛けを英語で「レッド・ヘリング」という。直訳では赤いニシンだが、薫製(くんせい)のニシンを指すそうだ。
なぜニシンかといえば、昔は猟犬の訓練のためにキツネの通り道に薫製ニシンをなすりつけて臭いを消し、犬の嗅覚(きゅうかく)を鍛えたからという。「赤いニシンを引いて道を横切る」とは本題から注意をそらすために別件を持ち出すことだ(ブルーワー英語故事成語大辞典)
あれ、どこかからニシンの臭いがしたような……と思ったら、もしやこのせいか。安倍改造内閣に1億総活躍社会の担当相ができていた。聞きようでは国民総動員が思い浮かぶが、少子高齢化に歯止めをかけ、誰もが活躍できる社会を作るのが役目だというから大変だ。
世論の大逆風を受けた安保法制から一転、「強い経済」「子育て支援」「社会保障」の新三本の矢を繰り出し、その目標として掲げられた「1億総活躍社会」である。ただうたい文句は華々しくとも、実現の道筋を描くのはこれからと聞けばやはり臭いの元はここか。
安保から国民生活への局面転換といえば、振り子にたとえられた60年安保騒動後の所得倍増政策を思い出す。当時は政権が交代したが、今度は首相の一人振り子である。しかも前の三本の矢の目標たる「経済の好循環」は未(いま)だしというのに、スローガンだけ倍増した。
新担当相は政策通というから、縦割り行政を超える構想力には期待しよう。ただそれが選挙対策の薫製ニシン作りに終始するのなら何をかいわんやである。