コラム
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4600766.html 古い歌謡曲を思い出した。京都では「忍」。神戸では「渚」を名乗った。小林旭さんのヒット曲「昔の名前で出ています」。ネオン街と縁はないが、人間模様が目に浮かぶ▼歴史のごみ箱からとんでもない名…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4592498.html 80年前の9月7日、現在の嘉手納基地内で日本軍が降伏文書に署名した。「慰霊の日」の6月23日以降も戦闘が断続的にあった沖縄戦が正式に終結した節目の日だ。ただ戦争の苦しみが終わったわけではない▼沖…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4569341.html 「人間というのはこういうことじゃいけない」。避難先の北部や収容所での飢え、母との死別など自身の沖縄戦体験を昨年初めて語った喜屋武初子さんが102歳で亡くなった▼喜屋武馨元北中城村長の母。…
https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4530127.html 学生の頃、市民が社会や政治を変えることなんて「できない」と悲観していた。為政者や権力者が牛耳っていて、市民なんて無力な存在だと▼その考えは変わった。沖縄県は広島県が主導して核兵器廃絶を目…
https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4518592.html 今日、8月6日は最愛のパートナーの誕生日だ。筆者だけでなく、大切な誰かの大切な記念日だという人も日本中に、世界中にいるだろう。同時に、悲しい記憶とともにある日でもある▼1945年、広島市に原子…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4501074.html ヨルダン川西岸で生活を追われ、命を脅かされるパレスチナ人を記録し、米アカデミー賞も受賞したドキュメンタリー映画「ノ-・アザ-・ランド 故郷は他にない」。出演した31歳のパレスチナ青年がイス…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4438504.html ベトナムの子どもたちの学費支援をする団体が県内にある。アレン奨学会沖縄だ。ベトナム戦争に派遣され、後に反戦を訴えた元米軍人の故アレン・ネルソンさんの遺志が活動の原点にある▼枯れ葉剤の影響…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4377099.html 「先生」と呼ばれる職業がある。医師や教師、政治家が代表格。専門的な知識と技術をもって教え伝える指導者への敬称である。皮肉を込め、職責にかなわぬ者を指す場合にも使うこともある▼本紙OBの森…
https://mainichi.jp/articles/20250623/ddm/001/070/161000c 沖縄戦で命を失ったすべての犠牲者を悼み、平和を祈念する「平和の礎(いしじ)」(沖縄県糸満市)。そこに刻まれた24万人以上の戦没者全員の名前を毎年6月、希望する人たちがリレーで読み上げる…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4334433.html 嘉手納ロータリーの中にあった宮城篤実さんの自宅を訪ねたことがある。突然の訪問だったが嫌な顔はせず、軒先に樹脂製のテーブルを持ち出した。「ここがわが家の応接間だよ」▼町面積の8割を米軍基地が…
https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4311791.html 天皇ご一家の来県の主役は長女の愛子さまだった。戦後80年の節目に、天皇、皇后両陛下の強い意向で同行した。戦争体験の継承が課題となる中、皇族内の沖縄への思いを次世代へつなぐ意図があったのだ…
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https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4283074.html 「教師の定むる所の法は一切論ず可からず」。校則の原型となった明治時代の「小学生徒心得」で教師は絶対有徳者だった。校則は1970年代以降、学校が荒れる中で髪型など細部まで厳格化された▼本島…
https://ryukyushimpo.jp/newspaper/entry-4255848.html 「さらば東大」と題する連載が、週刊誌「朝日ジャーナル」に載ったのは1985年末。執筆したのは東京大学で自主講座「公害原論」を催した故宇井純さんだ。東大に見切りをつけ、沖縄大学へ教授として…