(余録)「みんな見て。黒人がリムジンに乗っている… - 毎日新聞(2022年1月9日)

https://mainichi.jp/articles/20220109/ddm/001/070/077000c

「みんな見て。黒人がリムジンに乗っている」。1964年4月、アカデミー賞の中継を見ていた10歳の黒人少女は家族に叫んだ。降り立ったのはシドニー・ポワチエさん。修道女を助け、教会を建てる青年を演じた「野のユリ」(63年)で黒人初の主演男優賞を受賞した。
少女は後にトークショーの人気司会者になる。米国で最も影響力の大きな黒人女性といわれるオプラ・ウィンフリーさんである。番組にポワチエさんを迎えた際、「私も何か特別なことができるとわかった」と振り返った。
夜の大捜査線」(67年)などの作品で黒人スターの先駆けとなったポワチエさんが94歳で亡くなった。カリブ海バハマで育ち、十分な教育を受けなかった。15歳で渡米し、発音を直しながら俳優を志した。
人種差別の激しかった時代。演技力を認められても自由に役柄を選べたわけではなかったという。公民権運動が高まった時期に黒人活動家らから白人に従順な「アンクル・トム」扱いされたこともある。
常駐はしなかったが、バハマの初代駐日大使を務めた。97年に今の上皇陛下に信任状を奉呈するために来日した際には「祖先は恐らく(仏領だった)ハイチあたりの奴隷」とフランス風の名前の由来を語ったそうだ。
黒人では2人目の主演男優賞受賞者であるデンゼル・ワシントンさんは「閉ざされていた扉を開いてくれた」と先駆者をたたえた。「大画面の中と外で世界を変えた」というバイデン米大統領の追悼の辞は誇張ではない。