週のはじめに考える 「監視の目」築く中国AI - 東京新聞(2020年1月20日)

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人工知能(AI)の分野で欧米に後れを取っていた中国が近年、アクセル全開で研究開発を推進しています。中国政府は、労働力不足の解消や生産性の向上など、AIが切り開くバラ色の未来を語ります。しかし、目をこらしてみると、国民への「監視の目」を築く切り札というような「AI戦略」の思惑が垣間見えるようです。

交通違反者を「暴露」
江蘇省無錫市は、太湖で有名な風光明媚(めいび)な都市です。日系企業の無錫駐在員は「数年前に主要交差点の脇に、交通違反者暴露台という巨大な電光掲示板が出現し、驚きました」と話します。
これは、信号無視などの交通マナーの悪さに頭を痛めた地元警察が二〇一七年に導入したAIによる監視システムです。カメラが交通違反者を自動撮影し、警察が保管する個人情報と照合します。数分後には電光掲示板に、違反の動かぬ証拠映像を、本人の氏名や身分証番号と一緒に文字通り「暴露」し、罰金納付を通知します。
市民の中には「情報の一部にモザイクがかけられているとはいえ、プライバシー侵害ではないか」と反発する声もありますが、少数派だといいます。歓迎する声もあるようです。地元タクシーの運転手は「格段に交通違反が減った」と、話していたそうです。
上海市や南京市などでも次々と、似たような交通違反監視システムが導入されました。
しかし、こうしたシステムには恐ろしさすら感じます。「暴露台」というさらし者に近いやり方もそうですが、なぜ、監視カメラの映像だけで瞬時に本人が特定できてしまうのでしょうか。
ここに、「監視の目」の構築を狙いの一つとする「中国流AI戦略」の重点が透けて見えます。

スマホ実名登録のわな
そもそも、中国は一九八〇年代に、終身不変の十八桁の公民番号を付けた「居民身分証」により、戸籍や経歴などあらゆる個人情報の厳しい管理を始めました。
これに加え、新たに導入したスマホ契約者の実名登録制が、AIによる「監視の目」を可能にしたのです。スマホを購入するだけなのに、販売店では顔写真を撮影されます。契約時に提出する新たな個人情報に加え、身分証や顔写真の情報も、すべて一本にひも付けられるという仕組みです。
実名登録制は「テロ対策」を表向きの理由に始まりました。ところが政府や共産党の“知恵者”たちは、こうして一気に集めた膨大な個人情報を一元管理し、「交通違反者暴露台」などの運用にフル活用しているというわけです。
江蘇省では二〇一八年、香港の有名歌手のコンサートで、AIを活用した「顔認証システム」により、逃亡中の犯罪容疑者二十二人が一網打尽にされました。
中国全土には現在、二億台以上の監視カメラが設置されているといいます。
地下鉄やバスなど公共交通機関でのすり摘発にも顔認証はフル活用されています。上海市政府によると、昨年一月から十月までの市内のすり容疑者の検挙率は、前年同期比で31・5%上昇したといいます。
こうしたニュースに接した多くの国民が、進んだAI技術が犯罪減少に役立ったと拍手を送りました。しかし、スマホ売店で自らの個人情報を提供する時に、AIによる監視の基礎データになりかねないと危惧しながらも、仕方がないとあきらめの気持ちで当局の指示に従った人も少なくないでしょう。
欧米では一九五〇年代から六〇年代にかけAI研究は盛んになりました。社会主義の中国では指導部内にAIに批判的な意見もあり、七〇年代から八〇年代に、ようやく研究開発が進みました。
中国政府は二〇一七年、「次世代AI発展計画」を打ち出し、三〇年までにAI総合力を世界トップにするという目標を掲げました。軍事はともかく、経済やAIでは米国を抜き去る野心を露骨にしたように映ります。

◆ちらつく「管理」の鎧
昨年秋、世界最大のターミナルを擁する北京大興国際空港が開業しました。AIによる利便性が売り物で、チェックインの際に顔写真照合をすれば、保安検査、ラウンジ利用など、搭乗まで搭乗券提示などは不要だといいます。
しかし、時を同じくして、中国政府による、少数民族ウイグル族弾圧の実態が明るみに出ました。百万人以上を強制収容し、AIによる大規模監視システムで厳しく管理していたのです。
中国の「AI戦略」からは、「利便性」という衣の下に「厳格管理」という鎧(よろい)がチラチラ見えるようです。
むろん、中国政府にとって鎧が絶対的に重要であることは言うまでもありません。