緒方貞子さん 現場主義を全うした - 東京新聞(2019年10月30日)

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国連難民高等弁務官として東奔西走し、戦火におびえる難民らに手を差し伸べてきた。自国第一主義が幅を利かす今こそ、「現場主義」を活動の基本とする緒方貞子さんの志に学びたい。
緒方さんが亡くなった。九十二歳だった。
「難民保護は抽象的な概念ではない。食料や毛布を与え、家を補修するなど、現場で最も効果的な具体策で対応することが重要」。ジュネーブ国連難民高等弁務官事務所UNHCR)本部で一九九七年、緒方さんは本紙の取材に、こう強調していた。
内戦が激しかったアフリカ中央部のコンゴ(旧ザイール)、ボスニア・ヘルツェゴビナなど、訪れた現場は四十カ国以上に上る。
重要なのは、どの紛争当事者にも肩入れすることなく交渉し、各勢力の信頼を得ることだという。難民の移送や保護をスムーズに進めることができるよう、協力してもらうためだ。現場主義ならではの工夫が光る。
国連難民高等弁務官を約十年間務めた後、独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長に就任。国家間だけでは解決できない飢餓、難民の発生、感染症などの脅威から人々を守る「人間の安全保障」の理念を掲げた。
海外の態勢を手厚くし権限を拡大、青年海外協力隊を重視するなど、ここでも現場主義を貫いた。
難民の苦難は今も絶えることはない。内戦が続くシリアでは、五百万人以上もの難民と六百万人以上もの国内避難民が家を失った。ミャンマーでは、迫害された少数民族ロヒンギャ七十万人以上が難民となった。
しかし、トランプ米大統領は米国第一主義を唱え、難民への寛容政策を唱えたメルケル独首相は非難の砲火を浴び、欧州連合(EU)各国も難民受け入れに及び腰だ。日本の若者の海外への関心も低くなっているという。
「自分さえよければ」では、いずれ行き詰まるだろう。緒方さんのように世界の現場に足を運び、支援のための知恵を絞りたい。
国際社会で活躍する女性のさきがけでもある。自らも女性運動家の故市川房枝さんの勧めで国連の仕事を始めた。
大学や国連での仕事を経て、難民支援の道に入ったのは六十歳を過ぎてからだった。夫や子どもと離れての単身赴任も長かったが、家族の絆には気を配ってきたという。先駆者の勇気と行動力にも学びたい。