沖縄を「軍縮の拠点」に - 沖縄タイムス(2019年5月20日)

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佐藤栄作首相とニクソン米大統領は1969年11月、首脳会談後に日米共同声明を発表し、沖縄の「72年、核抜き、本土並み」返還に合意したことを正式に明らかにした。
今年は、あの日米共同声明からちょうど50年に当たる。
「復帰」(施政権返還)が実現して47年になるというのに、いまさら共同声明を語る意味がどこにあるのか。
膨大な基地群が復帰後も居座り続けたため、復帰そのものが、最重要問題の解決を先送りした「未完の復帰」となってしまった。
政府は当時、「日米安保のもとで基地を提供するのは本土も沖縄も同じ」だと宣伝したものである。
主席公選で当選した屋良朝苗行政主席は「沖縄本島の基地の密度は、実に本土の200倍に及ぶ」と指摘し、こう反論した。「形式的な、法律制度上の本土並みでは納得できない」
基地の島に、対等でもなく相互的でもない地位協定が適用されたとき、どういう現象が起こるか。説明するまでもないだろう。
そして今また、名護市辺野古への新基地建設によって、沖縄への基地集中が半永久的に固定化されるおそれが出てきたのである。
米国は戦後一貫して「極東に脅威と緊張が存在する限り、米国は沖縄における現在の権力と権利を行使し続ける」と主張してきた。この考え方に基づく政策が「ブルースカイ・ポリシー」と呼ばれる。
日米共同声明の中に流れる米国のこの考え方は基本的に今も変わっていない。

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安倍晋三首相は、北朝鮮への「最大限の圧力」を国際社会に訴え続け、中国の海洋進出に対しても、包囲網形成を推し進めてきた。
東アジアの緊張を理由に、米国製の武器を大量購入するなど、トランプ米大統領の気に入るような政策を矢継ぎ早に打ち出した。
その流れが今、急速に変わりつつある。
安倍首相は、中国との関係改善を進める一方、北朝鮮金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長と「条件を付けずに会って、素直に話したい」と、従来の姿勢を180度転換させた。貿易交渉や北朝鮮対応で米国との隔たりが鮮明になってきたのだ。
トランプ政権の誕生で、従来のような硬直した安保観は通用しなくなった。
ブルースカイ・ポリシーに代わるものとして元関西学院大学教授の豊下楢彦さんが打ち出したのが国連の「軍縮アジェンダ(検討課題)」である。

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国連のグテレス事務総長は昨年5月、世界的な軍拡競争に歯止めをかけるため、優先的に軍縮に取り組む必要性を強調し、「軍縮アジェンダ」を発表した。
18日に那覇市で開かれたシンポジウムで豊下さんは「脅威があるから軍拡なのではなく、軍拡が脅威なのだ」と指摘し、沖縄に国連・東アジア軍縮センターを設置することを提案した。
オリンピック開催で世界の耳目が日本に集まる来年は、軍縮の動きを具体化する大きなチャンスである。