https://mainichi.jp/articles/20190115/ddm/001/070/120000c
http://archive.today/2019.01.16-013645/https://mainichi.jp/articles/20190115/ddm/001/070/120000c
米公民権運動の黒人指導者マーチン・ルーサー・キング牧師は名演説家で知られる。代表はあの「私には夢がある」演説だろう。だが、なかには歴史に埋もれたものもある。1964年の「ベルリンの壁」演説もその一つだ。
米ソ対立で隔てられた国境をまたぎ、壁の西側と東側でそれぞれ呼びかけた。「神の下では東も西も北も南もない。壁の両側にいるのはともに神の子であり、人がつくるどんな壁もその事実を消し去ることはできない」
テレビ中継されず、支持者や研究者ですら見落としたというスピーチだ。ベルリン演説といえば、レーガン米大統領の「この壁を壊せ」のフレーズを思い起こす方もいよう。そんな派手さはないが、厳しい冷戦下で訴えた自由や平等への思いはひしひしと伝わってくる。
キング師生誕からきょう90年を迎える米国で、55年前のメッセージがひときわ響くとすれば、米国政治の混迷と無縁ではあるまい。メキシコ国境の「壁」建設をめぐるトランプ大統領と野党・民主党の攻防が激化し、政府機関の一部閉鎖が過去最長に及ぶ政争劇のことだ。
トランプ氏が非常事態宣言を持ち出すに至って緊張はぐんと高まった。強権的な手法に「政情不安な小国」のようとの声が与党から漏れ、野党は法廷闘争も辞さない構えという。
不法移民対策は重要だろうが、分断が深まればそれだけ憎悪も広がる。人種の壁を壊し、懸け橋をつくったキング師である。その懸け橋を壊し、新たな壁をつくるなら、米国史の破壊に映る。