斉藤章佳 精神保健福祉士:あの人に迫る - 中日新聞(2018年11月16日)

http://www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2018111602000260.html
https://megalodon.jp/2018-1118-1034-10/www.chunichi.co.jp/article/feature/anohito/list/CK2018111602000260.html

◆依存ゆえの犯罪 見極めて治療を
人混みで女性に何度もわいせつな行為をする痴漢、店舗の商品を繰り返し盗む万引など、犯罪行為の一部の背景に依存症があることは広く知られ始めている。いち早く犯罪と依存症の関係に着目し、数々の治療プログラムを立ち上げ、関連する書籍を著してきた精神保健福祉士、斉藤章佳さん(39)。人が犯罪に「依存する」とは−。
−犯罪と依存症を特徴付けるものとは。
盗撮、痴漢、万引などの犯罪、あるいはアルコールに依存している人は皆「認知のゆがみ」を持っています。認知のゆがみとは自分の行為を正当化するということ。強制性交の犯人が「自分は(犯行に)ローションを使うから他の性犯罪者より優しい」とか、アルコール依存症の人が「ビールでは酔わないからいくらでも飲んでもいい」などと言います。最初は「なんとなく」「魔が差した」という理由で行為が始まりますが、繰り返すうちに当人たちの中で当たり前のことになります。
−「依存症」との出合いは。
高校時代は滋賀県の高校でサッカーに熱中し、ブラジルに留学しました。向こうの選手は徹底的に管理されています。お昼の体重測定でオーバーすると午後の練習で戻すよう言われることもあります。体重を管理することが一流の選手だという認識を持ちました。
高校生って食べたいですよね。ボクサーなどがやりがちな危険な減量法に「チューイング」という方法があります。食べ物を口に入れてかむんですが、胃に入れずに吐き出す。すると食べたような気にはなるけれど体重は増えない。
帰国後、両膝の半月板を大けがし、プレーできなくなりました。サッカーができないつらさを紛らわすため体重のコントロールにのめり込み、チューイングに依存してしまいました。体重減少が唯一、私の寂しさとか不全感を解消する手段だったのです。
−サッカーの道をあきらめ、大学時代は。
社会福祉士の養成課程で学びました。就職活動をしたくなくて、大学最後の春休みに、バイトでためた十万円だけ持って沖縄へ旅行へ行きました。現実逃避の旅だから、地元の人たちとのお酒も進む。路上で目が覚めたら服以外のものが全部なくなっていました。
警察に行って親と連絡を取るとか、やることはあったんでしょうが、そのときは自分で何とかしようと思って公園のベンチに三日間座っていました。初めて話し掛けてくれたのがホームレスだった。
それまでのいきさつを話しました。すると彼は口を挟まず傾聴してくれた。これが初めてのカウンセリング体験でした。受容、共感、傾聴の三つがカウンセリングでは大事なんです。
「このままだと親に申し訳ない」と思って民家に泊めてもらい、家業を手伝ってお金をもらいました。泊めてもらうにはそれまでの経緯を話さないといけない。大きく価値観が変わりました。生きるために自分の居場所を自分でつくらないといけない。体験として学びました。
精神保健福祉士の資格を取り二〇〇二年、依存症治療に力を入れる榎本クリニック(東京)に就職。
サッカーを通して子どもを更生させられたらいいなと思っていて、思春期の精神疾患に関わりたかった。でも、たまたま欠員があってアルコール依存症の部署に配属。患者たちと接して分かったのは、沖縄で出会ったホームレスは依存症だったということ。外見も含めて特徴を知ると、すぐに分かった。
アルコール依存症は依存症治療の原点。スタッフも治療プログラムに入って自分の生い立ちを話す。そうしないと患者さんは自分たちのことをオープンにしてくれません。
私は彼らを下に見ていた部分が出ていたようで、ある患者さんから「正直な話ができていないね。つらそうな顔してるもん」と言われました。自分のことを正直に話すようになるとすごく楽でした。正直に話すと人とつながれるということが分かりました。
−その後、性犯罪治療に関わる。
アルコール依存症の患者さんがある日急に来なくなりました。子どもへの性犯罪で逮捕されていた。治療に熱心に取り組んでいた人だったから、まさかと思ったけれど、実は過去にも性犯罪歴がありました。酒をやめた時からまたその問題が始まった。確実に実刑だから治療は中断する。当時の私は子どもに性欲を感じるということが理解できませんでした。患者のバイブルとされる「ビック・ブック」という書物には、アルコール依存症の根本には性の問題があると書かれています。
−性犯罪者向けのプログラムを始めた。
性犯罪者は刑務所でも社会でも排除される。孤独は問題行動の最も大きな引き金です。同じ問題のある人とつながれる場所が必要と考えました。
性犯罪は性欲が強い人が起こすわけではない。性欲が強くて性犯罪を起こすなら、十三〜十五歳の男性ホルモンの分泌が多い時期に起こすはず。でも患者は家庭がある、大学卒のサラリーマンが多い。八十代の人もいる。性犯罪の加害者にヒアリングをすると、痴漢するときに彼らは必ずしも勃起せず、射精を伴わない人も多い。盗撮の人なんかは撮るだけで自己使用しないことが多い。これは反復する逸脱行為。つまり、行為やプロセスそのものに依存しています。
彼らは被害者を思いやる気持ちがない。でも、もし身内がされたら「殺しに行く」と言う人もいる。自身の加害者性が抜け落ちている。相手を顔のある人間だと思っていない。つまり「認知のゆがみ」があるのです。
被害者を物や記号だと思っている。同時に、女性や弱い立場の人への支配欲、優越感が一つの根っことしてあると思います。
−万引の治療にも取り組む。
万引を繰り返してしまう人も一種の依存症、「クレプトマニア(盗癖)」です。今年九月に出版した「万引き依存症」では、万引を繰り返してやめられない人がいるということ、被害が見えづらい加害行為であるということを書きたかった。
榎本クリニックは一六年末に専門の治療グループをつくりました。まずは自分の体験を正直に話してもらいます。「反省」には段階があります。裁判の時点では反省するには早すぎる。行為を振り返って、見つめ直すことが必要です。次が被害者への共感。段階を踏まないといけない。最初に反省を求めても反発が出てきます。
−小児性犯罪者向けの治療プログラムを今年六月に立ち上げた。
ペドフィリア(子どもに性欲を抱くこと)」の治療は念願だった。彼らは性犯罪者や痴漢のグループにも仲間にしてもらえず、話せない。そんな人たちが約十人、榎本クリニックに通っています。このようなプログラムは世界的にも少ないと思います。
ある患者はカッターナイフで騒がないように脅していた。騒いだ場合は殺していたかもしれないなどと普通に言う。同じ男性として何でこんなことを考えるんだろうと思う。その好奇心が依存症治療に取り組むことの根源にあります。

<さいとう・あきよし> 1979年滋賀県生まれ。精神保健福祉士社会福祉士。大学卒業後、榎本クリニックに就職。アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、虐待、家庭内暴力、クレプトマニア(盗癖)などさまざまな依存症治療に携わる。専門は加害者臨床。「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動をしている。大学や専門学校で早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、講演会や論文執筆で依存症問題を世に問う。現在は大森榎本クリニック精神保健福祉部長。著書に「男が痴漢になる理由」「万引き依存症」(いずれもイースト・プレス)など。

◆あなたに伝えたい
裁判の時点では反省するには早すぎる。行為を振り返って、見つめ直すことが必要です。次が被害者への共感。最初に反省を求めても反発が出てきます。

◆インタビューを終えて
性的暴行事件の公判を以前、傍聴した。被告は女性に向精神薬入りの酒を飲ませて犯行に及んだ。被告は「同意を得ていた」「相手にも楽しんでもらおうと思った」と不合理な弁解に終始していると感じた。
斉藤さんの話を聞き、被告は「認知のゆがみ」の中にあり、本人の中では整合性の取れた話をしていたのではないかとも今は思う。われわれ一般人もどこかで自分に都合よく認知をゆがめているかもしれない。夜中に出歩く女性が性犯罪に遭っても自己責任と考える人はいないか。誰もが自身の認知のゆがみを見つめ、加害者性を認識することが性犯罪を減らし、被害者を救う第一歩ではないか。
 (瀬田貴嗣)